平野栄次著・岸本昌良他編『江戸前漁撈と海苔』(平野栄次著作集U)
評 者:小川 博
掲載誌:「海事史研究」63(2006.11)


 本書は、平成一一年二月一〇日に七三才で亡くなられた平野栄次氏の都市周辺の漁撈民俗の論考である。平野氏は日本大学医学部の事務長を勤められながら、品川区、江戸川区、墨田区、江東区、大田区、北区の民俗調査にかかわられ、とくに東京内湾漁業調査を委嘱され、また日大文理学部で講師として民俗学を担当された。
 本書は、東京都の漁業、魚の捕採に関する習俗、旧大井御林浦漁業聞書−舟をめぐる習俗、羽田沖・大田区椛谷地区・港区金杉地区・品川区浜川地区の漁撈習俗、魚の取引に関する習俗、海苔の取引に関する習俗、大森海苔習俗聞書の各章よりなっている。
 とくに「東京都の漁業」では、東京内湾の漁業・海苔養殖、江戸川・多摩川などの河川での内水面漁業、伊豆諸島における漁業の歴史・習俗について報告され、東京湾の漁撈の特色である海苔については、「海苔の取引に関する習俗」で江戸時代から海苔の生産を長く続けていた品川における海苔の昭和一〇年代の取引実態について述べられ、「大森海苔習俗聞書」で大森浦での海苔の栽培・製造方法、衣服、食事、住居、年中行事、気象と予兆について報告され、「旧大井御林浦漁業聞書」では造船・操船など舟をめぐる習俗について記され、「魚の取引に関する習俗」では御林浦(鮫洲)での魚の取引方法、大正年間の取引代金の実態、明治・大正期の造船における「仕込船」の慣習などに関する注文などについて報告がなされている。
 この辺りの漁業は、昭和三七年一二月に東京港拡張のための漁業権の放棄によりほぼ消失してしまっているので、平野氏の記録は貴重である。


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