西沢淳男著『幕領陣屋と代官支配』
評者・小口雅史 掲載紙・法政史学53号(2000.3)


 本書は、これまで一九八八年以来各種学術雑誌に発表してきた論考に、新稿二本を加え、全面的に改稿・再構成してなったものである。
 その書名が端的に示しているように、本書は、「主として幕藩制国家諸段階における幕府代官制度や幕領政策を、幕領支配の拠点である代官陣屋を中心とした視角から解明していこうとするものである」(本書「あとがき」より)。
 三部からなる本書の構成を、まず左に示す。
(目次省略)
 序章では、これまでの幕府直轄領・郡代ないし代官研究の梗概を述ベ、当該分野についての今後の課題と、それをふまえての本書の構成と視角を論じる。
 第一部では、中後期の陣屋支配と代官就任者について、全国的規模で分析を行う。第一章では陣屋に焦点を当てる。その存在形態について、初期の設置の場合には在方町や私領収公による施設が利用されたが、中後期の郡中一統の願い出による陣屋は、諸御用勤仕に適するように一般村落に設定されたことを指摘する。また幕府財政悪化による行政改革によって、本陣屋が削減されたが、逆に出張陣屋が増えるなど、陣屋に対する財政政策は効果が得られていないとする。第二章では、就任代官によって陣屋の特質を分析する。初期の幕領設定・拡充にともなう陣屋設定では、軍事・財政・交通等における任務を考慮して代官が配置されたが、中後期になると、代官職は通常の役職と同様に地方官としての一つのポストになり、就任・昇任ルートが確立していった結果、陣屋に自ずと序列が生じたという。データの揃っている陣屋について仮のランク付けも試みている。第三章では、郡代・代官就任者について、就任者の家禄・前歴・(郡代・代官の)経験率、後歴や死亡・転職率、昇進状況を分析し、また美濃郡代・西国筋郡代・飛騨郡代就任者の分析、さらには代官世襲率の低さの検討を行う。また以上の分析には欠かせない、「代官および陣屋データベース」の構築について、付論で詳細に解説する。
 第二部では、江戸幕府の政治的・経済的基盤であった関東の代官に焦点を当てる。第一章では、関東代官・江戸廻代官・馬喰町御用屋敷詰代官就任者の前職や後職、その年次的傾向を分析する。第一部第三章で論じた全国的傾向とおおむね一致するが、幕府権力基盤の中枢的位置にあることから、より重要性が増し、経験豊富で実績を持つ代官が関東に結集させられていったという。また明確なエリートコースもここに形成されていったとする。第二章では、幕政改革期の勘定所の動向と陣屋支配の展開を考察する。そこでは微禄御家人の積極的登用をはかるなど、関外幕領とは異なった政策が展開されていったという。第三章では、幕末期の世襲代官であった竹垣三右衛門直道の「代官日記」を素材に、関東代官の職務と勤務形態・諸手続とその対応・代官組合などについて論じる。
 第三部では、幕領の個別性の間題を信濃国幕領の成立・形成過程から、幕藩制の諸段階における政策史的意義を中心に論じる。第一章では地方支配の転換期であった寛文期に、広域支配を行う「代官群」による支配形態が解消され、拡大期であった元禄期には他国代官に蚕食されるような支配形態になり、享保期には急速に陣屋の統廃合が実施されて、信州四ブロック別にそれぞれ拠点一陣屋を設定する体制になっていったことを明らかにする。第二章では、御影陣屋の取締政策の推移を、関東の諸政策と比較しながら論じ、信州の他の陣屋とは異なり、ここでは関東追従の施策がとられたことを明らかにする。第三章では信州幕領における御用を請け負った中間支配機構(割元・割場・郡中惣代・郡中代)の成立と名称の変遷や組合村構成を比較検討し、天明九年令にその転機があったことを明らかにする。
 以上のように、本書は全体として、これまでまとまった史料が残存しないことから全国的な代官・陣屋の変遷といった基礎的作業すら行われてこなかった研究状況を打破すべく、パソコンによるデータベースを活用して、新たな分析・統計作業をもとに研究を展開するという、画期的なものである。ここに一つの新しい研究方向が開かれたといえよう。
 代官史料や勘定所史料は、代官が幕府職制上低位であったり、また幕府滅亡等によって、まとまった史料が現存しない。その結果として、従来は、特定年次のデータや代官に関しては、史料的に問題のある「武鑑」にのみ依存した研究がなされ、基礎的なデータ分析はまったくなされてこなかった。著者は、そこでパソコンによるデータ蓄積と分析を試みることになる。評者は近世史書評と紹介はまったくの門外漢であるが、編集担当者が私に本書の書評を依頼してきたのは、ひとえにこの点を重視したからであろう。残念ながら評者は所用で参加できなかったが、本年七月に開催された情報知識学会人文・社会科学系部会の「第一一回歴史研究と電算機利用ワークショップ」でも、著者による本データベース構築とその研究利用法についての発表があった。そこで以下、この問題について少しくふれておきたい。著者が構築したのは全国的な代官の任免や移動、各陣屋の代官変遷等に関するものである。陣屋に関する情報を集めたグルーブと、代官個人に関する情報を集めたグループとにわけて、多対多のリレーション構築がなされている。ソフトを起動すると、まずメインメニューがあらわれるので、陣屋で検索するか、郡代・代官で検索するかを選択する。陣屋を選択した場合は、陣屋所在国・本陣屋名・出張陣屋名を入力する。該当データがヒットすると、陣屋情報画面に変わり、国名・陣屋名・現市町村名・郡代代官名・赴任年・同西暦・離任年・同西暦・備考が表示される。
 郡代・代官を選択した場合は、基本検索として郡代・代官名またはそのフリガナで、また拡張検索として、前職前歴・後職後歴・発令年(西暦)・離職年(西暦)・特定期間・備考などを指定できる。該当データがヒットすると、郡代・代官情報画面に変わり、郡代代官名・別称・フリガナ・前職前歴・発令年・同西暦・後職後歴・離職年・同西暦・最終役職・郡代就任年・同西暦・布衣・同許可年・諸大夫・叙爵年・家禄・寛政重修諸家譜
(巻頁)・代官所経歴・備考・代官赴任地が示される。
 たしかにこれは便利である。検索用フォームは簡潔にまとめられ、初心者でもなじみやすい。この構成だとまずヘルプは不要であろう。陣屋については、陣屋別の就任者が一覧できるホームになっているし、代官については、レコード一つ一つがその代官の履歴書となるホームが構成されている。欲を言えば、代官名について通称と別称とを、どちらから引いても一度ですむテーブルを裏で動かしてほしいと思うが、これは別になくてもさほどの手問ではない。これによって、年次的変化は一目瞭然であり、また統計処理もかなり容易になる。これがさらに年次をさかのぼり、また新たに見つかった史料の追加が進めば、その精度はさらに高まるに違いない。今後の当該分野の研究発展にもたらす効用は計り知れない。まさに学界の慶事である。
 さて、このマクロは、ロータス社のアプローチ96作成され、後にマイクロソフト社のアクセス(一九九六年版)に移植されたものだという。セットアップは初心者でも間題なく進むであろう。ただマニュアルにインストゥール後の起動方法が書いてない。もちろんある程度ウインドウズのことを知っていれば、スタートメニューから…(あるいはエクスプローラーで…)ということは気がつくであろうが、本書をみてはじめて取り組んだ人はしばらく困惑していたのではないか。評者のまわりにはこの手の相談を持ち込む知人が多いので、ここだけは少し気になった。また現在出回っているアクセス二○○○(あるいはその前のアクセス97等でも同様)で読み込むと、このままでは永久に起動するたびに、「このデータベースは、以前のバージョンのマイクロソフトアクセスで作成されています」云々の表示に見舞われる。それを直すためには、スタートファイルを訂正し、リンク先のファイル名を、新しいバージョンのファイル相当名に変更しなければならない。これは初心者には少し困難かもしれない。これらは、データの追加修正とともに、HPなどでパッチファイルが公開されることを期待したい。もっともこれはアクセスのマクロの仕組み自体の間題でもある。アクセスがウインドウズのデータベースの最大シェアを確保しているいまとなっては、アクセスのマクロでデータを公開するのは当然であるが、DOS時代には、日本のデータベースは国産の桐(管理工学研究所)が最大シェアを誇っていた。事実、このソフトはマクロ(桐では「一括処理」という)を日本語で組むことができ、データの日本語処理にかけては、他の追随を許さないものであった。桐の一括処理では、バージョンアップがあっても今回の例のような不具合は起こったことがない。現在では桐もようやくウインドウズ版がそこそこ安定して動くようになってきた。この分野でも競合による技術進歩の加速を期待したい。WIN版桐の特徴は、アクセスがクエリーを通してデータを処理するのに対して、一部のリレーションを除いてほとんどの機能は表編集ウインドウで会話形式でデータ処理できるところにある。DOS版以来の、桐の日本語処理にこだわる伝統であろう。もっともここが評価の大きな分かれ目でもある。また著者は、HPでのデータ公開と、その補充訂正についてもきちんとその可能性を述べておられる。もしこの点を重視するのならば、HTMLファイルとうまく連携してデータベースを構築できる、ファイルメーカー社のファイルメーカープロも有力なソフト選択肢の一つである。また一部、ほんのわずかであるが外字が使用されていて、この部分は表示されない。このことはマニュアルに明記されているが、公開法としては若干間題があろう。外字使用を避ける手段として、現在では工−アイネット社の今昔文字鏡がもっとも有力な手段である。アクセスの現在のバージョンでは、このソフトが活用できるし、なんといっても今昔文字鏡のフォントは無償である。今後の活用法の一つして検討していただければ幸いである。いずれにしろ、この手のデータベースは、今後はオンラインで公開され、史料の追加訂正情報も世界中からオンラインで寄せられるようになっていくことが望ましい。それによってデータベースの精度は飛躍的に高まっていくであろう。著者のこの分野でのますますのご活躍を祈念して、欄筆させていただく。なお門外漢故の誤りが多いことをおそれている。著者並びに読者諸賢のご海容を請いたい。

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