著者名:藤田達生編『小牧・長久手の戦いの構造 戦場論上』
評 者:加藤彰彦
掲載誌:「地方史研究」325(2007.2)


 本書は、織豊期研究会(三鬼清一郎氏会長)の活動を通じて蓄積された小牧・長久手の戦いに関する研究を、編者が「近世成立期の大規模戦争と幕藩体制−占領・国分・仕置の視点から」というテーマで科学研究費基盤研究A(1)とし、当該研究報告書を再編集したものである。上・下巻の二部構成で、本書は上巻にあたる。本書の構成は以下の通り。

 はじめに(藤田達生)
 序章「天下分け目の戦い」の時代へ−本研究の前提−(藤田達生)
  T 実態論
 小牧・長久手の戦いに関する時系列データベース
          −城郭関係史料を中心として−(白峰旬)
 小牧・長久手の戦いから見た大規模戦争の創出(谷口央)
 尾張武士と伊勢−安井将監秀勝の事例を中心に−(下村信博)
 ブロック形屋敷地群の成立と展開
          −三重県上野遺跡中世集落解明のために−(伊藤祐偉)
 小牧・長久手の戦いと在地社会の動向(山本浩樹)
  U 外交論
 秀吉の人質策−家康臣従過程を再検討する−(跡部信)
 乱世から静謐ヘ−秀吉権力の東国政策を中心として−(立花京子)
 小牧・長久手戦いと長宗我部氏(津野倫明)
 羽柴・徳川「冷戦」期における西国の政治状況(中野等)
  V 史料論
 織田信雄奉行人雑賀松庵について(加藤益幹)
 秀吉文書と戦争−小牧・長久手の戦いを中心に−(播磨良紀)
 戦場の目撃証言−島原・天草一揆と雨森清広の仕官−(西島太郎)
 陣立書からみた秀吉家臣団の構成(三鬼清一郎)

 序章において編者は、小牧・長久手の戦いは関ヶ原の戦いと同列にあるとの視点から、「天下分け目の戦い」の時代到来の背景と足利将軍権力無力化の過程をみる。
 「T実態論」では、小牧・長久手の戦いが単なる局地戦ではなく全国展開した戦争であったことを示すため、時系列データベース(白峰)や人物居所・陣立等の解析(谷口)による戦争全体に対する詳細な検討を行っている。また一方では、尾張武士を中心とした信長家臣団の小牧・長久手の戦いに及ぼした影響(下村)や、局地戦である戸木城攻防戦の付城と思われる上野遺構の検討(伊藤)、尾張・伊勢両国の戦争被害や在地社会の動向の考察(山本)など、ミクロな視点からもその実態に迫る。
 「U外交論」では、秀吉の人質政策の焦点が上洛ではなく人質提出であったという視点から家康臣従を検討し(跡部)、惣無事令においては、天皇のための天下静謐執行という擬似的目的のもとで達成されたとする(立花)。また、長宗我部−信雄・家康間の同盟は外交レベルだけでなく実戦レベルでも多大な威力を持ったことを指摘し(津野)、天正十四年五月の「九州国分案」は西国の再編成を意味したという視点から、毛利らの西国勢と秀吉の関係に考察を加えている(中野)。
 「V史料論」では、小牧・長久手の戦いの前後の関係資料に注目し、戦後の知行替に関わった雑賀松庵(加藤)、天草・島原一揆における雨森清広の戦功立証形態(西島)、戦争前後における秀吉の文書様式の変化(播磨)、陣立書からの秀吉家臣団の性格(三鬼)に注目する。
 いずれの論稿も、従来の小牧・長久手の戦いに対する理解に新たな方向性を付加するのみならず、当該期戦乱を捉え直す上で重要なものとなろう。


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