著者名:松浦利隆著
『在来技術改良の支えた近代化−富岡製糸場のパラドックスを超えて−』
評 者:津金武信
掲載誌:「地方史研究」327(2007.6)


 本書は、平成二年から群馬県教育委員会が取り組んだ「近代化遺産総合調査」に参加した筆者が、在来産業や在来技術から見た「近代化」像を追及した成果をまとめたものである。
 本書の具体的な構成は以下の通りである。

 序章
  第一部 養蚕業
 第一章 近代化の中の在来農業技術−船津伝次郎「桑苗簾伏法」に関する一考察−
 第二章 「近代養蚕農家」の発生
 第三章 創成期の養蚕改良結社「高山社」−清温育の成立を中心として−
  第二部 製糸業
 第一章 上州座繰器の発生
 第二章 上州座繰器の改良
 第三章 二つの製糸工場−富岡製糸場と碓氷社−
  第三部 織物業
 第一章 開港をめぐる桐生新町の動静
 第二章 明治前期の桐生織物「近代化」
 終章

 問題意識は、在来産業と在来技術の役割を見直すことであり、副題に掲げられた「富岡製糸場のパラドックス」とは、明治五年に製糸業近代化のため設置された官営模範工場が置かれた土地に近代技術の器械製糸が根付かずに、かえって在来技術の座繰製糸が発達したという逆説の歴史を言う。従来の在来産業や在来技術の評価としては、常に維新以後の近代産業の基礎となった移入技術との関係から論じられ、それまでの技術は「断絶」したのか、それとも近代産業に「継承」されているのか、という問題で扱われてきた。筆者はここに問題意識を持ち、在来技術の中でも工場生産や機械生産を、すなわち近代産業を直接の到達点としない技術も存在するのではないかと、述べている。
 本書は、主として明治前期・中期の近代化の過程において、量的にも質的にも大きな存在であるにも関わらず、現代に直結するような最終的な意味での近代化の到達点とは異なるため、近代化の脇役的な評価に甘んじることの多い在来産業と、それを支えてきた在来技術にスポットを当てて、我が国の産業近代化を別の角度から問い直す。このために製糸業、それの原料供給のための養蚕業、生糸に付加価値を与える織物業それが同時並行的に、かつ緊密に連係して発達した地域として群馬県を設定したのである。

 第一部では、船津伝次郎の「簾伏桑苗法」、総二階建てで屋根に通気のための越屋根をつけた養蚕農家、養蚕改良結社「高山社」における「清温育」という技術の成立を考察し、在来技術改良が明治以後も継続し、さらに大きな影響力を持ったことを明らかにしている。
 第二部では、上州座繰器の発生から改良の過程を追って、器械製糸の富岡製糸場と座繰製糸の碓氷社を歴史・生産・建築などの視点から比較している。座繰製糸は在来的手法の絶え間ない努力から技術的・社会的に時代の水準に適合していた。
 第三部では、開港が桐生に与えた混乱、そこから在郷町民が自立するまでの過程を追い、さらに明治初期輸入された部品や技術を在来的な技術と組み合わせることで、小改良による新製品の開発を行った経緯を考察している。

 平成二年の「近代化遺産総合調査」への参加から考えると、足掛け十六年の年月を費やして書かれた書籍である。博物館勤務を生かしての実物史料や、地域密着の研究を行なって完成されていて、在来技術を通しての群馬県の息遣いが聞こえてくる一冊である。


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