西沢淳男著『幕領陣屋と代官支配』(近世史研究叢書4)
評者・戸森麻衣子 史学雑誌109-6(2000.6)


 本書は、西沢淳男氏がこれまで蓄積してきた幕領陣屋・代官に関する研究をまとめたものである。しかし本書はそれのみならず、近世の幕領・代官研究を進める上で事典的な役割も果たすであろう内容を持っていることが、大きな特徴となっている。西沢氏は、幕領陣屋・代官等に関するデータを全国的に広範に集め整理するという作業を前提として行った上で、全国幕領の陣屋・代官について傾向を探るという研究手法を取っている。集めたデータは「幕領代官・陣屋データベース」としてCD-ROMにまとめられ、本書の付録として添付されており、これにより我々は障屋・代官の基礎的情報を速やかに取り出せるようになった。研究書にCD-ROMを添付するということ自体新しい動向であり、しかもCD-ROMを加えた上での本書の価格は良心的に抑えられており、歓迎すべきことといえる。
「幕領代官・陣屋データベース」は郡代・代官名と陣屋名と二つの方向から検索できるようになっており、「郡代・代官個人データ」には代官・郡代名、前・後職、最終役職、家禄、代官所経歴などの情報が盛りこまれ、「陣屋別就任者一覧」には本陣屋・出張陣屋の情報、歴代代官、代官転出入年などが挙げられている。西沢氏の尽力によって、ある代官の転任歴、ある陣屋における歴代代官の推移がほとんど隙間なく明らかにされた。意外に思われるかもしれないがこれまでは、代官の履歴や陣屋への歴代赴任者について知るのは容易でなく、『県令集覧』という近世の出版物や地方史誌類を参照するより他なかった。しかし両者の情報には限界があり、このような制約から陣屋・代官研究は不便を強いられるものであったのである。この点で、西沢氏の仕事が公開されたことの功績は大きい。
 次に本書の内容を簡単に紹介しよう。本書は全体が三部から構成されている。
 第一部はデータベースを基礎として、全国幕領における陣屋設置・移転の動向や陣屋政策の時期的推移を追っている。また、陣屋地域別に分けて、赴任代官の傾向を探る。その上で、代官の初任者と長期就役者とでは担当する地域に相違があることなどを明らかにしている。
 第二部では関東代官に対象を絞って種々の検討を行っている。寛政・天保改革期の陣屋支配、寛政期の勘定所改革の動向を述べているほか、第二部で尤も興味深いのは第三章における関東代官竹垣直道日記の分析である。竹垣の代官としての江戸での活動を、日記から具体的に明らかにしており、今後の代官論の展開を期待できる一章といえる。
 第三部では信濃国幕領における陣屋の変遷や、「取締役」による取締政策、信州幕領における郡中代(割元)と組合村について検討を行っている。
 全般を通じて西沢氏の研究は、事例の統計を取って傾向を分析する手法によるものが多い。このような手法から導かれる成果も重要であろうがこの次には、数字や傾向では捉え切れない陣屋・代官支配の内部に視点を広げていくことが求められるものと思われる。
 なお本書は、研究途上に蓄積した情報をCD-ROMという形で公開するという、研究情報公開の点でも新しい分野を切り開いたと言え、このような試みについても議論が高まることを期待したい。

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