著者名:菅谷務著『近代日本における転換期の思想−地域と物語論からの視点』
評 者:伊藤純郎
掲載誌:「茨城新聞」2007.3.15

 「無法者」読み直す試み

 本番を一読して最初に思い浮かんだのが、桜井武雄著『茨城県農業史概説』に記された次の一節である。

「つねに貪しい茨城中部の畑作地帯は、かねて“茨城巡査”の産地として知られているが、それが東部に延びて海浜地帯に接するあたりは、一段と貧しい甘藷を生産とする半農半漁の農村で“非常時日本”の救国劇に、殺し屋として登場するような無法者(アウトロー)の産地である。」

 たしかに本書には、茨城県が生んだ国家主義者やテロリストが次々と登場する。幕末の“内憂外患”の時代に著書『新論』において「国体論」を論じた会沢正志斎、自由民権運動期に「革命」を標榜し政府を震撼させた加波山事件のグループ、政治が歴史教育の内容に直接介入する「南北朝正閏問題」に関与した峰間信吉、昭和恐慌期に国家改造の“捨て石”として政財界要人暗殺を実行した血盟団の「茨城組」や五・一五事件の橘孝三郎である。

 しかし、著者は彼らを「無法者(アウトロー)」と規定しない。むしろ彼らを、身分や階層を自由に横断しながら教養を媒介として結び付く、既成の秩序のなかに確固とした居場所を持たない「自由浮動的インテリゲンチア」=「欄外人」と規定する。

 本書は、江戸時代後期から昭和戦前期に至る転換期における「欄外者」の思想を、「時代特有の『アウラ(雰囲気)』を示す現場性を帯び、時代の向かうべき方向を予示する象徴性に富むもの」として解読し、彼らをはぐくんだ茨城県という場から問い直した“物語”である。そこには「欄外者」に対する熱い思いと思想を発生の現場に置き直すという著者の姿勢が強く刻印されている。

(筑波大学大学院助教授)
 
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