著者名:松本一夫著『日本史へのいざない−考えながら学ぼう−』
評 者:藤野 敦
掲載誌:「地方史研究」325(2007.2)

 近年の受験対応への効率化の中で、学校の教員の価値観も「系統的学習」を、教員がレクチャー力(プレゼンテーション)の手法を磨くことを過度に重視して 進めようとする傾向が強くなった。その中で、授業の中でトピック的な教材を例示しつつ、生徒との応答、コミュニケーションを通じて背景や構造への考察をお こなう指導法が軽視される傾向にある。筆者の具体的実践をふまえた本書は、現在における歴史教育の目的・原点をもう一度考え直す意味で、非常に興味深い。
 本書は「はじめに」に示されているように、筆者による高等学校・短大での授業実践を基本としている。歴史学の新しい成果もふまえ、様々な時代 を考える史料とともに、いくつかの質問を整えて問いかけながら、時代像を読み手に創造させていく手法でえがかれている。以下、目次を紹介する。

 ・原始古代
1 縄文人と弥生人−日本人のルーツをたどる−
2 天皇家の系譜と大和政権
3 聖徳太子の実像に迫る
4 律令官人の悲哀
5 藤原道長の悩み
 ・中 世
6 鎌倉幕府の成立はいつか?−一一九二年は誤り−?
7 元寇失敗の背景
8 山内経之の苦闘−戦乱の南北朝に生きた一地方武士の実態−
9 金権体質だった(?)室町幕府
10 長篠の戦い−信長勝利の背景を探る−
 ・近 世
11 「鎖国」とは「開国」だった!?
12 江戸時代は環境破壊の始まり!?
13 大名にとって参勤交代とは?
14 江戸時代の百姓は本当に貧しかったのか?
15  江戸幕府の法は、農民が作らせた!?
16 ペリーが日本に来たわけ
17 江戸時代に始まった近代医療
 ・近現代
18 日清戦争−列強の思惑と日本の政略−
19 日露戦争「勝利」の背景
20 ワシントン体制と日本
21 アジア・太平洋戦争への道
22 戦前も象徴天皇制だった!?

 これらの項目のほかに、各時代ごとの項目の最後に〈教師のためのページ〉が設定されており、そのテーマは以下の通りである。
  〈教師のためのページ〉
 (1)教材作りの方法
 (2)発問を中心とした授業構成
 (3)授業の実践方法−グループによる発言競争−
 (4)よりよい歴史教育をめざして
 教師のためのページの中で、筆者は現場経験者としての様々なジレンマを提示しつつも、本書のような学習手法で年間授業計画を進めていくことは非 現実的であるという批判については、年間計画の中で従来的な系統的学習法との組み合わせでこれを実践してきた経緯が示され、現場の状況の中での現実的対処 をふまえた有効性を示している。また一方で、目次のタイトルを見たとき、読み手が研究者の立場として研究史の現状を意識するならば、戸惑いを禁じ得ない部 分も存在する。しかし、筆者の意図は、目標とする本来的な主体的学習の実現が、生徒・学生の動機付け(モチベーション)の構築の上に存在しているという観 点からテーマを設定していることが読みとれる。その点をふまえれば、歴史教育の一つの方法論としての説得力に納得する。

 本書は、教員のための実践書ということではなく、一般向けの歴史の断面を考える様々な示唆に富んだ読み物としても興味深い。さらに味わいを深め るならば、歴史に関わる多くの人々に、歴史教育のあるべき姿を考えてもらえるテーマが散りばめられている書とも言えよう。古来言われるとおり、人は自らの 経験した教育方法に大きく規定される。このような手法での歴史教育の実践も、たくさんおこなわれていることを、多くの人に知って頂くにも有効な書である。
 
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