著者名: 関東取締出役研究会編『関東取締出役』
評 者: 川田 純之
掲載誌: 「日本歴史」704(2007.1

 本書は、二〇〇四年八月三〇日に江戸東京博物館ホールで開催された、関東取締出役研究会(代表多仁照廣)主催の関東取締出役シンポジウムの記録である。 関東取締出役研究会は、一九九一年に多摩川流域史研究会の活動過程において生まれた研究会で、関東取締出役に関する勉強会を重ね、一九九四年には『関東取 締出役道案内人史料』(岩田書院)を刊行するなどの活動を行ってきた。
 関東取締出役は、近世後期における幕府の関東支配に関して重要な役割を担ったが、その全体像は必ずしも明らかでない。関東取締出役の下部組織 である改革組合村に関しては多くの研究蓄積があるのに対して、関東取締出役そのものを体系的に整理した研究は、基本的史料が少ないという制約からかなり少 ないのが現状である。シンポジウムでは、近世後期の幕府の関東における支配と取締りについて改革組合村を中心に見るのではなく、広域的で多様な活動を展開 した関東取締出役を軸として考えることを趣旨とした。そこで、関東取締出役の設置から廃止に至るまでの活動を通して検討するために、「教化政策の側面が強 い創設期」(創立期)、「治安警察機構として再編される天保期」(確立期)、「軍事機構の性格が加わる開港以後」(変質期)の三つの時代に区分して報告が なされた。
 シンポジウム当日の報告をもとにした本書の構成は次の通りである。

 関東取締出役設置の背景          田渕正和
 文政・天保期の関東取締出役        桜井昭男
 幕末期の関東取締出役           牛米 努
 関東取締出役の定員・任期・臨時出役・持場 牛米 努
 天保期以降の関東取締出役一覧       牛米 努
 関東取締出役・改革組合村関係文献目録   小松 修

 田渕論文は、関東取締出役設置の背景に、どのような幕府の動きがあったのかを検討したものである。関東取締出役の設置に深く関与したと見られる 評定所留役羽田藤右衛門に着目し、評定所留役の実務と変遷を整理した。さらに、田沼失脚後の寛政改革期の幕府の動向を明らかにする中で、公事吟味処理の停 滞と在方取締りの限界が関東取締出役設置へとつながっていったことを指摘した。また、関東取締出役設置の時期についても検討を加えている。
 桜井論文は、おもに文政期から天保期における関東取締出役の活動の特徴を述べたものである。設置当初の関東取締出役の職務や、長脇差し禁令か ら改革組合村設置にいたる文政改革の流れと関東取締出役の役割を検討した上で、天保期における改革組合村体制の安定に伴う関東取締出役の職務の拡大を指摘 した。また、関東取締出役が一斉に罷免された天保一〇年(一八三九)の「合戦場宿一件」と天保改革との関連や、勘定奉行と関東取締出役との関係を考慮する 必要性にも言及した。
 牛米論文は、大規模な博徒捕縛が断行され、ペリー来航・開港と続く嘉永期以降、関東取締出役が廃止されるまでの幕末期の関東取締出役の活動を 整理した。その中で治安体制の転換点となった嘉永期に、関東取締出役の指揮のもと組合村の非常人足体制が整備され、以後武装集団の取り締まりに組合村を動 員する体制が整えられていくという関東取締出役の職務の変質を明らかにした。
 三つの論文に続く牛米氏による関東取締出役に関する基礎的データの整理・分析は、「県令集覧」などを利用してまとめられたものである。これまでこの種のものがほとんどなかったことから、今後の研究を進めていく上で有効に活用されていくことと思われる。

 シンポジウムの記録である本書により、関東取締出役の成立から廃止までの時期を通しての活動が整理され、全体の流れの中でその役割の変化を把握 することができるようになったといえよう。関東取締出役そのものを取り上げた研究が少ない中で、本書の各論文には、小松氏によりまとめられた「文献目録」 に見られる改革組合村を中心とした多くの研究成果が十二分に生かされていることが読み取れる。また、関東各地の市町村史の史料集が随所に利用されており、 地道な史料の発掘が関東取締出役の実像を明らかにしていくことにつながることをあらためて感じさせた。
 今後の研究の課題は本書の中でもいくつか触れられているが、「地方落穂集追加」などをはじめとする関東取締出役に関する基本史料の丁寧な比較 検討、地域性を考慮しての個々の関東取締出役の活動の検証、寄場役人・大惣代など組合村役人や道案内との関係の考察、関東取締出役就任前後の経歴と活動の 追跡、などがあげられよう。中でも、関東取締出役の活動が地域あるいは出役個人の力量などによって差があり、また組合村役人らの関東取締出役に対する意識 が地域により差があるのではないかと感じる場合があり、このような点についても解明が必要だろう。残された課題は決して少なくはないが、本書を踏まえての 今後の研究の進展が大いに期待されるところである。

(かわだ・じゅんじ 栃木県立宇都宮女子高等学校教諭)
 
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