著者名:荒川章二・笹原恵・山道太郎・山道佳子著『浜松まつり−学際的分析と比較の視点から−』
評 者:須永 敬
掲載誌:「地方史研究」324(2006.12)

 本書は、毎年五月に行われる初凧揚げや凧揚げ合戦、屋台引回しと練りなどの諸行事からなる「浜松まつり」をテーマに、四年間に及ぶ調査・研究の成果とし て刊行された一書である。近世末から現代にいたるまでの浜松まつりの歴史、地域社会におけるコミュニティとまつりの関係、さらには芸能史や海外との比較研 究など多岐にわたる視角からの考察がまとめられている。先ず本書の構成を紹介したい。

 まえがき                             山道 佳子
 第一部 浜松まつりの歴史的検討
  第一章 沢松まつりの歴史的形成−「凧揚」から「凧揚祭」へ−   荒川 章二
  第二章 浜松まつりの屋台と森三之助               山道 太郎
  第三章 明治末期浜松の芸界                   山道 太郎
  第四章 戦後版浜松まつりの成立と発展                            荒川 章二
 第二部  浜松まつりの現在と地域
  第五章 浜松まつりの現在−まつりの構造分析−           笹原  恵
  第六章 浜松まつりのお囃子−二〇〇三年度調査報告から−      山道 太郎
   第七章 浜松まつりの運営とコミュニティ             笹原  恵
 第三部 祭りの比較研究
  第八章 近代スペインの形成と祭り−祭りの比較研究から−     山道 佳子
 あとがき                                                          荒川 章二

 この構成からもわかるように、本書は歴史・現在・比較という三つの視点から編まれている。また、副題に学際的分析とあるように、歴史学・社会 学・芸能史・スペイン文化史というそれぞれの専門分野の立場から、浜松まつりという地域の祭りを研究対象として取り上げ、考察している。
 近世後半の遠州では、初子祝いの習俗と凧揚げが結びつき、節句の凧揚げが広まっていった。その中で浜松の凧揚げだけが今日のような異常な隆盛 を見るわけであるが、そこに至るまでの祭りの変遷について、荒川章二は、地域の近代化と自治組織の成立、住民のアイデンティティーの形成に着目した分析を 行なっている。たとえば、明治から戦前にかけての考察では、糸切り凧合戦の成立や、凧揚げの担い手としての青壮年集団、凧揚げのイベント化、警察などによ る統制・規制といった点が、戦後の考察では、商工会や行政当局による関与、観光化といった点がそれぞれ取り上げられ、浜松まつりの歴史的形成とその特徴が 動態的かつ明快に示された論考となっている。
 また、屋台やお囃子といった芸能に着目するとともに、凧揚げ祭りにお囃子が登場した明治末期の浜松の芸能界、さらにはお囃子の現在を論じた山 道太郎の論考は、貴重な資料を紹介しているとともに、勇壮な男祭りというイメージの強い浜松まつりへの女性の登場を、独創的な視点から考察する内容となっ ている。
 ところで、今日の民俗学では、信仰が希薄となった今日の祭礼・イベントを学問的にどう捉えていくかが課題となっている(中野紀和「『移動』か ら捉えたイベントと祭礼のイベント化」『日本民俗学』二四七、二〇〇六年など)。民俗学の祭礼研究が、ともすると宗教的側面にシフトしがちであることはよ く指摘される点であるが、現代の「カミなき祭り」やイベントをどのように捉えていくべきかを考える際に、イベントにおけるコミュニティやジェンダーの問題 を扱った笹原恵の論考や、スペインにおける民衆の祭りにおける権力者・聖職者の介入や統制、そして祭りの宗教性の揺れを扱った山道佳子の論考は、ひとつの 視点を提起するものであるといえよう。
 本書のような学際性をうたう書籍のなかには、ただ単に複数分野の論文を並べたものも散見される。本書でも、例えば第三部の比較研究はいささか 唐突に登場するような印象がある。しかし、二年間にわたる研究会での議論を経て編まれたという本書には、各論考をつなぐ横糸のような問題群(たとえば、習 俗と自治組織、男性と女性、自由と統制など)が張りめぐらされており、それぞれの異なる専門分野からの考察が、実は相補い合う形で有機的に結びついている 点が注目される。地域のまつり研究を行う上での多角的な視点が得られるとともに、学問の「他流試合」がいかに刺激的で魅力に満ちたものであるかということ を改めて感じさせてくれる一書である。
 
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