著者名:松永昌三編『近代日本文化の再発見』
評 者:長沼 秀明
掲載誌:「地方史研究」324(2006.12

 中江兆民研究の第一人者として知られる、本書の編者・松永昌三氏は、今から四年前の二〇〇二年に古稀を迎えられた。本書は、それを記念して、同氏から教 えをうけた人々によって編まれた論文集である。執筆者は同氏の勤務先であった大学の門下生の人々と、同氏が山口県史編纂事業をつうじて知り合った人々との 「二つのグループ」によって構成されている(同氏「あとがき」)。松永氏から教えをうけた点では共通するものの、お互いに直接の関係を有しない、この「二 つのグループ」の人々が今回、松永氏のために協同して本書を企画、編集、刊行したことは実に、すばらしいことである。
  松永氏の古稀記念論文集としての性格に鑑み、本書は「まえがき」および「あとがき」によれば、準備段階では「日本近代史上の問題を扱う」こ とのみを確認したのみで、あえて統一テーマは設定せず、執筆者が自らの「得意とするテーマ」で論文を執筆したとのことであるが、寄せられた論文は期せずし て「明治文化の諸相」「占領期の文化」「地域社会への視座」という三つの部門に大別することが可能となったようで、この三部門は、そのまま本書の三部構成 として活かされ、かつ各部の表題となっている。

 各部の概要は、以下のとおりである。まず第一部「明治文化の諸相」は、明治期の日本社会が「近代化」する過程で生じた思想上および制度上の諸問 題を扱っており、中江兆民の思想(松永昌三)、東京府の遊芸人税(矢島ふみか)、時報制度(浦井祥子)、石川三四郎の思想(後藤彰信)について、それぞれ 考察した四つの論文が配置されている(カッコ内は執筆者。配列は掲載順、以下同)。このうち矢島論文、浦井論文は東京という一地方を考察対象とする、地方 史研究の成果である。
 つづく第二部「占領期の文化」には占領期の言論に関する五つの論文が収められる。執筆者は栗田尚弥、大島香織、古屋延子、中司文男、植山淳の 各氏であり、このうち四つの論文は、山口県史編纂事業の一環として実施された、アメリカ合衆国のメリーランド大学が所蔵するプランゲ文庫の調査にもとづく 研究成果である。地方史研究を担う一つの重要な場として機能してきた県史編纂事業(すなわち地方公共団体による史料の調査、研究活動)の成果が、今また本 書の一部として発表されることの意味は、このうえなく大きいものであるといえるだろう。
 最後の第三部「地域社会への視座」は、河野健男氏、来島浩氏による二つの論文を配置している。地域社会学が御専門の河野氏は、地域振興と地域 づくりとを研究課題として、これまで地域社会と観光・文化との関係を論じてこられ、山口県史編纂事業でも現代部会の専門委員として御活躍中であるという。 本書に収められた論文「日本における地域社会の展開過程−歴史と地域振興思想の登場−」は、これからの地方史研究のあり方を考えるうえで一定の示唆を与え てくれる論考であるといえよう。また、経済政策(とくに地域産業経済)が御専門の来島氏は山口県史編纂事業において松永氏の後任の現代部会長を務め、山口 県内の炭鉱の研究をはじめ、労働実態や労働運動に関する分析を精力的にすすめておられるという。本書に収められた「門司港の石炭荷役労働」も、地方史研究 のすぐれた成果である。

 本書は「まえがき」にも明記されているとおり「全体としての共通テーマがあるわけではない」し、本書の表題『近代日本文化の再発見』は必ずしも 本書の内容に、ふさわしいものではないかもしれない。しかしながら本書の内容は松永氏の古稀を記念するのに、ふさわしい、充実した内容に満ちている。地方 史研究に携わる多くの人々が本書を手にされることを望むものである。
 
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