著者名:橋本政良編著『環境歴史学の探究 環境歴史学論集A』
評 者:西 光三
掲載誌:「地方史研究」324(2006.12)

 本書は、前書『環境歴史学の視座 環境歴史学論集@』(岩田書院、二〇〇二年)の成果をふまえ、人間・自然によって引き起こされる環境問題を、歴史学・考古学・文化人類学の分野から学際的に論究した成果である。
 目次は次の通りである。

 序章 文化の時代間共生と環境歴史学           橋本政良
 第一章 古代日本の災異詔勅にみる環境認識        橋本政良
 第二章 戦国城下町の食生活をめぐる歴史的環境
        −一乗谷朝倉氏遺跡の調査成果から−    佐藤 圭
 第三章 戦国時代宇都宮家臣の営為と地域文化の基層
        −下野国高橋城と東高橋郷高橋氏を例に−  新川武紀
 第四章 若狭野尻銅山における環境問題
        −史料紹介を通しての試論−        隼田嘉彦
 第五章 森を守る法・森を破壊する法 −東南アジアにおける
         ポスト植民地主義と森林をめぐる慣習法− 合田博子
 あとがき                        橋本政良

 序章の中で橋本氏は、本書に通底する「環境歴史学」の史観およびその研究の重要性について、現在の我々に突きつけられている様々な環境問題に言 及しつつ提示されている。また掲載の各論それぞれに、@廃棄・排出物による環境汚染(人間による自然に対する加害)、A自然災害による被害(自然による人 間に対する加害)、B社会・経済・政治関係(貧困経済競争・戦争等による国際的・社会的トラブルより起こる環境問題)、C文化財・景観保護(開発等による 文化遺産の破壊)という四つの環境要素のいずれかが籠められていることを指摘されている。これらを念頭に置いた上で、各章の概略を紹介させていただきた い。
 第一章で橋本氏は、古代人が遭遇した数々の災害の有り様について文献から叙述し、さらにそれに対する律令国家の施策および思想について災異詔 勅を中心に検討されている。これらの検討から氏は、当時の被災人民は、所与の地で生き抜くため、その場を生存の環境と観念し、道徳的自覚を再確認しつつ災 害からの復興に努めており、その姿の中にこそ当時の環境認識を読みとることができるとしている。
 第二章で佐藤氏は、一乗谷朝倉氏遺跡の発掘調査の成果、文献史料を用い、発掘された食用動植物の分析から、戦国時代当時の大名の食生活とそれ を取り巻く自然環境について明らかにしている。ここで氏はまた、発掘によって得られる情報は、過去の生活環境を復元する上で欠くことができないものである と指摘されており、そのためにも「歴史的な環境を、史跡を探訪する人々の前に提示することが必要である」と、人々の歴史的環境への意識を生成するためにも 遺跡の保存は必要であるとも言及されている。
 第三章で新川氏は、下野国宇都宮氏家臣高橋氏が築城し、南北朝時代から戦国時代にかけて存在した高橋城と城主高橋氏の政治的営為および東高橋 郷にまつわる歴史的・文化的環境について明らかにする過程から、現代に生きる我々は、地域の歴史・文化といった歴史的個性を見出し、伝承するという作業を 行うことによって、環境危機に対する有効な教訓を学び取る必要があるのではないかという提言をされている。
 第四章で隼田氏は、若狭国大飯郡野尻村にあった野尻銅山における煙害・銅水害の発生という鉱毒をめぐる環境問題を事例に、これによってもたら された産業への悪影響と、これらの悪影響に対する百姓の諸要求等を紹介しており、「歴史上に存在した環境問題を発掘する」という環境歴史学の目的の一つを 大いに意識した論考となっている。
 第五章で合田氏は、マレーシア・インドネシア・フィリピンの土地と森林をめぐって、慣習法と近代的土地所有法とが置き換えられてきたことを、人類学的知見および筆者のフィールドワークで得た資料の事例から提示し、歴史的視点を重視しつつ考察されている。

 ところで編者は、前著で環境歴史学と環境史の差異について「歴史的環境の保護により
重点を置くところにある」と述べられている。本書においてもその視点は通底しているようだが、本書所収の各論考を見比べてみると、必ずしも「歴史 的環境の保護」についてのみ言及されているというわけではない。もっともこれは前著においてもいえることであり、これは環境歴史学という研究分野が、未だ 形成の途上にあることの証左ともいえよう。しかしそのことを環境歴史学の欠点と捉えるのはあまりに拙速な判断であると思われる。こうした多様な論考が集 まっていることを、むしろ積極的に環境歴史学のもつ潜在的な可能性の高さをあらわしたものと捉えるべきであろう。
 昨今の社会的レベルでの環境問題への関心の高まりもあって、今後、環境歴史学への注目は必ずや高まり、それ故に学問的な進展は周囲より強く要 請されることであろう。その点を解決するためにも、学究者諸氏による環境歴史学への更なる論究が不可欠であることは言うまでも無かろう。前著とあわせて本 書を通読することを通して、この新しい研究分野の彫琢にたずさわってみては如何だろうか。本書を強くお薦めしたい。
 
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