著者名: 飯田文彌編『中近世甲斐の社会と文化』
評 者: 小宮山 敏和
掲載誌: 「地方史研究」323(2006.10)

 本書は、長年山梨県の近世史研究を牽引してきた飯田文彌氏の喜寿を記念して刊行された論文集である。
 以下、本書の構成を示しておく(副題略)。

  まえがき                   (飯田文彌)
 第一部 受け継がれる由緒
  近世甲州の「国法又ハ先規・先例」考      (飯田文彌)
  武田信玄岩窪墓所の保存をめぐつて       (秋山 敬)
  商人と「商人の巻物」と市           (堀内 眞)
 第二部 継承と変容
  城館建築における材木調達と職人        (山下孝司)
  甲府城下町の境界領域             (数野雅彦)
  廻国納経の展開                (田代 孝)
  近世初期甲州金成立過程の研究         (平山 優)
 第三部 地域社会と生活
  秋山の池が血色をなす             (笹本正治)
  戦国期の山野利用と領主            (西川広平)
  甲斐の国中地域における近世治水用牛枠類の展開 (畑 大介)
  甲府柳町の飯盛女               (金子誠司)
  豪農の日記にみる近世末期の年中行事     (宮澤富美恵)
 第四部 文化の諸相
  中近世社殿遺構における木割の変遷  (渡辺洋子・松尾圭三)
  山梨の宝冠釈迦如来像            (鈴木麻里子)
  業海本浄禅師について             (小野正文)
  実録『甲金録』翻刻と解題           (石川 博)
  江戸町人  杉本茂十郎の信条                    (弦間耕一)
 飯田文彌  年譜
 飯田文彌 業績目録
  あとがき     (飯田文彌先生喜寿記念論文集刊行委員会)

 さて、以上の構成を一見してわかるように、本書は一七編の論考を収録した大変大部な論集となっている。本来ならば一本一本の論考について触れたいところであるが、紙幅の関係もあり、残念ながらここでは触れることができない。ご海容願いたい。
 紹介者が一読したところ、本書の意義としては以下の三点をあげることができるだろう。まず一点目としては、取り上げている論考が甲斐国を軸に広 範な分野にわたっているということである。本書の「まえがき」「あとがき」にもあるように、本書の執筆者は、編者とともに『山梨県史』他各種の自治体史で 長く研究をともにしてきた方々である。歴史にとどまらず、建築や美術などの分野にもわたつており、甲斐国をフィールドに長年精力的に活動されてきた編者の 人柄をして、このように多くの分野の研究者が参加する結果となったのであろう。編者の人柄がにじみ出た論集であると言えよう。
 二点目としては、前述のように執筆者は『山梨県史』他の自治体史に参加しており、いわば次々に見つかる史料の最前線で格闘されてきた方々であ ると言えよう。つまり、各々の分野において、最新の史料をもとに描き出された成果が随所に散りばめられている。今後、『山梨県史』の通史編が刊行される予 定であるが、総合化された通史である『山梨県史』とは異なり、本書は山梨県における各分野の最前線をいく論文が集積されているということができよう。
 三点目としては、本書は山梨県の近世史研究にとって大きな足跡を残す様な論集であるということである。紹介者は主に近世史を専攻し、甲州史料 調査会などを通じて山梨県内で活動しているが、本県の近世史研究に関しては、飯田氏に代表される地元研究者の精力的な活動がありながらも、武田氏を中心と した分厚い中世史研究の陰で存在が薄い印象があった。また、研究レベルに留まらず、県民一般における近世史への認識についても、武田信玄の強烈な印象の影 響で、すべてが武田信玄との関係に結び付けられて理解されるという風潮さえあった。そのような状況下、山梨県をフィールドにし、山梨県を主な活動の場とす る、地元に根付いた執筆者の成果が今回発表されたことは、今後の山梨県の近世史研究にとって、あるいは近世史にとどまらず地方史全体にとって、より意義深 いものであるといえよう。今後歴史分野だけでなく、政治・文化など多方面において今回の成果が生かされていくことを期待したい。
 以上、瑣末ながら思うに任せて筆を走らせてみた。紹介になっているのかどうか、文章が適切であるかどうか不安は尽きないが、今回の成果が歴史研究のさらなる発展の礎となるように願いながら、筆をおくこととしたい。
 
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