著者名:河西英通、浪川健治、M・ウィリアム・スティール編
『ローカルヒストリーからグローバルヒストリーヘ−多文化の歴史学と地域史−』
評 者:保垣 孝幸
掲載誌:「地方史研究」323(2006.10)

 本書は、主に北奥地域を分析対象としてきた浪川健治氏(近世〜維新期)、河西英通氏(近現代)、そして「地方主義」というキーワードによって「もう一つ の近代」を論証してきたM・ウィリアム・スティール氏が、「地域」を共通論点として、「日本史」像の再構成・再描写を目的に編集した論文集である。本書最 大の特色は、方法論としての地域史研究ならば外国史にも有効なはずと、日本人研究者七名、外国人研究者九名による国際的な共同研究、しかも「地域史」に限 定した共同研究であることにある。その上で、各自が「具体的な地域空間から、新しい日本史像を立ち上げよう」(五頁)と試みるのである。
 本書の構成は以下の通り。

序章 地域史の視点と展望−地域歴史学をめざして−         (河西英通)
   日本地域史への欧米からのアプローチ    (M・ウィリアム・スティ−ル)
第一部 日本近世史の再構成
 女性・消費・地域史−十九世紀初頭における地域間格差− (アン・ウォルソール)
 地域社会に不穏をもたらす者たち            (デビッド・ハウエル)
 弘前鍛冶町「なを」一件−海峡を渡る幕末期の女子労働力−     (浪川健治)
 ハリスト正教会入信以前−仙台藩士小野荘五郎の日記より−    (山下須美礼)
 地域の力−近世・近代日本における年貢・治水・銅鉱業−
                          (パトリシア・スィッペル)
 ローカルとしてのナショナル、ナショナルとしてのローカル
   −日本研究におけるローカル・ヒストリー−    (フィリップ・ブラウン)
第二部 日本近現代史の再描写
 地域と国民国家の形成−明治教育からみて−      (プライアン・プラット)
 津軽に来たある宣教師の軌跡
   −「文化」を伝えるものと引きだすもの−          (北原かな子)
 あらゆる歴史は地域史である
   −吉野泰三と地域政治・国内政治・国際政治−(M・ウィリアム・スティール)
 地域史・国家史・世界史の架け橋としての青年会    (ニール・ウォルターズ)
 飼い慣らされる時間
   −戦前富山県における中央暦・道徳・プラグマティズム−(マイケル・ルイス)
 近代日本の地方自治制とその参加権の拡大             (鬼塚 博)
 戦前信濃の郷土教育−地域アイデンティティの政治史−  (カレン・ウィーゲン)
 東北は日本のスコットランドか                  (河西英通)
 一九三〇年代沖縄の産業振興と地域自立の課題−帝国内部での模索− (戸邉秀明)
 「サークル運動の時代−一九五〇年代・「日本」の文化の場所−    (成田龍一)
終章 多文化主義と歴史認識−グローバルな地域史の枠組み−     (浪川健治)
 
 個別論考の詳細については、紙幅の関係上割愛せざるを得ないが、執筆者それぞれ、自らが研究対象とする「地域」を通じ、「日本史」像の相対化、 さらには新たな「日本史」像の創出という意識を強くもって研究に臨んでいることが窺える。その意味では、まさに「地域史の視点から(中略)、世界史像の書 き換えを狙っている『共通のわたしたち』」(一六頁)なのであろう。
 しかし一方で、本書は、「地域史」のグローバル化実現のため、克服すべき多くの課題も提示している。すなわち、本書に寄せられている「地域 史」の視点から描かれたそれぞれの歴史像を、どのように「日本史」像へ、そして、「世界史」像へと昇華させるかという点である。そもそも、地域史の視点 は、当該地域が置かれた自然的・地理的条件に加え、同地域が歩んできた歴史的経緯に起因する独自の発展形態を有している。したがって、地域史の視点は、地 域の数だけ様々な歴史像を生成する。これを「安易に」グローバル化することなく、本書が指摘する通り「地域空間を互いに相対化」させながら、新たな歴史像 をどう構築するか、新たな地域社会の「結合」形態をどのように描くか、が問われているのである。その意味では、本書において何らかの視座が欲しかった。
 新刊案内の分を越えてしまった感はあるがそれも本書が提起する「地域歴史学」が非常に興味深く、かつ示唆に富むものだったということで諒とさ れたい。本書は、元来方法論的色彩の濃い「地域史」の視点を、「日本史」像、「世界史」像の再構築へと進めようとするまさに最初の試みでもある。今後の研 究の更なる進展に期待したい。
 
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