著者名: 根本誠二/サムエルC・モース編『奈良仏教と在地社会』
評 者: 吉野 秋二
掲載誌:「ヒストリア」197(2005.11)

 本書は、筑波大学同窓生を中心とする執筆者による論集であり、奈良仏教の史的特質を在地社会との関わりで考察した論文を収録したものである。同様の論集 として出版された根本誠二/宮城洋一郎編『奈良仏教の地方的展開』(岩田書院、二〇〇二年)の続編としての性格を有す。特に『日本霊異記』を主要分析素材 とした点に特徴が認められる。
 主要部分の構成は以下の通りである。
  
第T部 奈良仏教と在地社会の相関
 牧伸行「下野国薬師寺と如法・道忠」
 三舟隆之「「山寺」の実態と機能−『日本霊異記』を中心として−」
 宮城洋一郎「利波臣志留志に関する一考察」
第U部 『霊異記』の史的世界
 秋吉正博「高僧の桓武天皇皇子転生−『日本霊異記』下巻第三十九縁の転生説話−」
 阿部龍一「奈良期の密教の再検討−九世紀の展開をふまえて−」
 黒須利夫「古代における功徳としての「清掃」−『日本霊異記』上巻第十三縁の一考察−」
 長谷部将司「私撰史書としての『霊異記』−官撰史書の論理との差異について−」
第V部 『霊異記』の心的世界
 根本誠二「行基と善珠−行基像の変容をめぐって−」
 フローランス・ラウルナ「神の表現形式−その性質と機能−」(欧文)
 サムエルC・モース「信仰造形と『日本霊異記』」(欧文)

 なお、冒頭には、まえがき、末尾には一九九八年〜二〇〇二年までの日本語文献を対象とする「奈良仏教研究文献目録2」、欧文要約・編集後記がふ されている。欧文要約はこの種の出版物としては異例だが、研究の国際化を意識した試みである。文献目録と合わせ、今後の関連分野の研究に裨益するところが 大きいだろう。
 大概、第T部には寺院史的見地から奈良仏教の地方伝播の様相を考察した論文、第U部には『日本霊異記』所収の個別の説話に関して分析した論 文、第V部には宗教学・芸術学などから『日本霊異記』の思想を考察した論文が収められている。ただし、類別はさはど厳密なものではない。また、論文の執筆 は基本的に各執筆者に委ねられていて、共同研究の成果という側面は乏しい。この点は、国文学関係の論攷を欠いていることと合わせ些か残念に思えた。ただ し、関連諸科学の成果もふまえ、『日本霊異記』を多面的に分析し、在地社会の実態を明らかにせんとする試みは貴重である。さらなる続編の出版に期待した い。
 
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