著者名:下重 清著『幕閣譜代藩の政治構造−相模小田原藩と老中政治−』
評 者:岡崎 寛徳
掲載誌:「地方史研究」322(2006.8)


 本書は、小田原藩研究を精力的に行っている著者が、一九九三年から二〇〇五年までの間に発表した成果をまとめたものである。ただし、その「あとがき」にあるように、「章により削除・加筆した部分がかなりある」ため、「全体としては書き下ろしに近いかたちとなっている」という。収録されているいくつかの論文は小田原地域で発行され、一般には入手しにくいものもあるが、それらが再録されたことは非常にありがたい。
 まず、序章「譜代藩研究の課題と方法」では、近年の研究成果を述べ、「藩世界」論の手法から考察することを宣言する。また、従来の研究動向について、そのデータを集計・整理し、本研究の意味を導き出している。
 第一章「徳川忠長の蟄居・改易と『関東御要害』構想−稲葉正勝小田原入封とその軍備−」は、徳川忠長改易を単なる家光との不和にとどめず、江戸を中心とする「関東御要害」構想・体制との関連で位置づけている。消滅した駿府藩に代わる軍事的役割を小田原藩が担うこととなり、入封した稲葉正勝のもとに軍備が増強されたとする。
 第二章「『寛永政治』の再構築−寛永一一年家光上洛と幕閣の再編成−」では、譜代大名の関東内から関東外への転封について、政権排除ではなく、幕閣再編成および譜代大名全国再配置との関係から検討している。家光上洛の意義を見出すことができる。
 第三章「稲葉氏小田原藩の軍役負担と藩財政」は、小田原藩が担った軍役について考察する。幕府からの課役は多様で、藩側から願い出て行うものもあったが、藩の財政を逼迫させていった。また、章末には補論「役負担から見た朝鮮通信使の通行」を付している。
 第四章「幕閣譜代大名の連帯−老中稲葉正則の人脈から見た権力構造−」は、小田原藩主であり幕府老中でもある稲葉正則を中心に、その人的関係を分析する。そこでは、家光政権期から家綱政権期(前・後・末期)、そして綱吉政権初期に至る過程を段階的に捉え、幕府権力構造の変化を迫っている。
 藩主稲葉正則と家臣団・領民の関係を分析したのが、第五章「譜代大名の権力構造−家臣団と領地支配を中心に−」である。若き藩主正則は、藩領の視察や巡見を行い、家臣屋敷訪問や茶湯招待などから積極的に主従関係の構築を進めた。また、御目見え儀礼を通じて領民とのコミュニケーションも図っていったという。
 第六章「老中稲葉正則の人的ネットワーク−黄檗僧鉄牛と河村瑞賢−」では、黄檗僧鉄牛と新興商人河村瑞賢の二人を事例として、稲葉正則の人脈を分析する。それは単なる人的交流にとどまらず、文化受容や流通・経済上においても意義あるものであったことを明らかにする。
 最後の終章「幕閣譜代大名と『老中政治』」では、藩政史研究でもあり、幕政史研究でもある本書について、家光・家綱政権および綱吉政権初期を中心とした「老中政治」過程をまとめている。
 著者は先に『稲葉正則とその時代−江戸社会の形成−』を著しているが、前書が社会史中心であるのに対して、本書は政治史をテーマとしている。各章はもちろん、全体としても読み応えのある一書である。学ぶべき点の多い本書の必読をおすすめしたい。
 
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