著者名:斉藤康彦著『産業近代化と民衆の生活基盤』
評 者:鈴木勇一郎
掲載誌:「地方史研究」322(2006.8)

 本書の著者は、これまで『地方産業の展開と地域編成』(多賀出版、一九九八年)や『転換期の在来産業と地方財閥』(岩田書院、二〇〇〇年)で山梨県域を対象とした研究を積み重ねてきたが、本書はこれらに続く第三作目である。
 本書の具体的な構成は次の通りである。

  課題と方法
 第一部 産業化の進展
  第一章 産業化の起点
   第一節 明治前期の物産構成
   第二節 物産構成の地域的特質
  第二章 産業発展と物資流通
   第一節 産業化と物流
   第二節 明治後期の移出入
   第三節 物流構造の変容
  第三章 産業構造の再編成
   第一節 産業構造の変質
   第二節 農業類型の転換
   第三節 副業の地域類型
   第四節 景気循環と産業構成
 第二部 就業構造と労働力移動
  第一章 明治前期の就業構造
   第一節 労働人口の構成
   第二節 階層構成と就業構造
  第二章 職業構成と労働力移動
   第一節 職業構成の変容
   第二節 労働力の移動
   第三節 女工流出の実態
 第三部 在地資本と所得構造
  第一章 明治前期の在地資本
   第一節 地方資産家の分布状況
   第二節 都市部豪商層の蓄積基盤
  第二章 産業展開と所得構造
   第一節 所得税納税者の動向
   第二節 有力資産家の所得構成
   第三節 農村諸階層の所得構成
 総括−まとめにかえて

 著者は第一作では「産業発達にともなう地域社会の変容過程を復元」し、第二作目では「産業発展の過程でみられた転換点における産業人の活動を具体的に追究」したが、本書は、これらに続いて「民衆像の叙述」を目指したものである。
 「課題と方法」の中で著者は、本書を「民衆像」を明らかにすることを目的としているが、それは「瑣末な日常茶飯事を明らかにすることでは決してない」とし、「民衆史」や「社会史的アプローチ」を批判的にとらえている。しかし同時に古典的な産業革命史研究を無批判に継承しようとしているわけでもない。
 従って著者の問題意識は「産業の『近代化』によって地域社会における民衆の生活事情や生産動向がどのように変容したのか」、「労働力市場の形成や就業構造の変化が生じた背景=内実を明らかにし、それが地域社会の何に帰結したか」というような、日本資本主義の構造と地域社会との関係にあるといえよう。
 このような問題意識から著者は、山梨県を分析対象地としてはいるが、地域史を書いているのではなく、地域の視座からもうひとつの日本資本主義発達史を描くことが大きな目的であるとしている。
 本書の具体的内容は大きく分けて三つに分けられる。
 第一部では、本格的な産業化開始以前の山梨県域の経済の状態を村落レベルにまで分析し、山梨県の産業が繭と生糸に大きく依存する「蚕糸モノカルチャー」的な構造となっていく姿を明らかにしている。
 第二部ではその上で、このような産業構造を持った山梨県域の農山村の労働力が、どのようにして資本主義生産に適合した就業構造へと転換していったのかを各町村レベルの就業構造の変容を通じて明らかにしている。
 第三部では、これら就業構造の変容を端的に把握するため、各地域に残された「税務資料」などを用いてその所得構造を分析し、山梨県における産業構造の脆弱性を浮き彫りにした。
 このように本書は、徹底して統計資料を中心とした文献資料を駆使して、山梨県域における産業構造の変容およびそれに影響を受けた民衆の姿に迫ろうとした労作であるといえよう。
 
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