著者名:根本誠二著『行基伝承を歩く』
評 者:西海 賢二
掲載誌:「地方史研究」321(2006.6)

古代の仏教の世界は、どちらかというと学問的・哲学的で理解するのが難しいといわれてきた。そして、古代の人々が、どの様に仏教を信仰していたのかを明らかにすることも困難であるとされてきた。こうした古代における仏教のイメージを払拭するような仕事を三十年来研究の中心にすえてきたのが本書の著者根本誠二氏である。
 とくに飛鳥や奈良の寺々を支えた行基を中心にした仏教者に着目し、彼らが寺々でどのような信仰を説き、飛鳥、奈良時代をしたたかに生きたかを明らかにしようとするうねりを本書はつむぎ出しているようである。
 根本先生のこれまでの古代仏教なかでも行基に関連した著作としては『奈良仏教と行基伝承の展開』(雄山閣、一九八九年)、『奈良時代の僧侶と社会』(雄山閣、一九九九年)「行基と巡礼−東国を中心に−」(『杜寺史料研究』四・二〇〇二年)などがあり、今回の著作はこの研究をより具体的に一般書として刊行されたものである。これまでは古代仏教というと史料を中心にした律令体制下の仏教者を紹介することが多かったが、奈良時代の高僧・行基(六六八〜七四九)そのものが開創したとされる寺院、行基が開湯したとされる温泉、その他の行基伝承地をくまなく歩き、まさに根本氏のいう「糸偏の歴史学」から「足偏の歴史学」への脱皮も願った方法論、もっと簡単にいえば文字だけで描く古代史ではなく、足でかせいだ古代史の可能性を「行基伝承」のなかから導き出そうとしたものである。
 さらに信仰のネットワークを探り、今に息づいている姿をも描写しようとしている。信仰的には、観音・薬師・文殊信仰との関係をとりあげ、地域的には、東京周辺、静岡市周辺、大阪・奈良・京都(とくに丹後地方)・高知市周辺、佐賀市周辺の事例を紹介している。
 主要目次
 はじめに
 第一章 行基の一生
 第二章 行基伝承の展開
 第三章 巡礼寺院と行基
 第四章 薬師信仰と行基
 第五章 文殊信仰と行基
 おわりに
  参考文献
  参考史料
 まさに足で稼いだ歴史学者の行基伝承論である。これまでありそうでなかった行基伝承論である。欲をいえば口承文芸における「行基伝承論」や歴史地理学や民俗学ですでに湯をめぐる行基伝承論をめぐる著作がかなりあるので、これらが反映されると「糸偏の歴史学」「足偏の歴史学」を超えた学際的な「行基伝承論」となる可能性を秘めているようである。さらに参考史料は根本先生の古代史研究者としての面目躍如を思わせる貴重な史料群である。
 
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