著者名:丑木幸男著『戸長役場史料の研究』
評 者:池田 良郎
掲載誌:「地方史研究」321(2006.6)

近代・現代史料学研究では、これまで国や都道府県の公文書を分析の対象とするものが多かったが、公文書だけでなく、在地の私文書も視野に入れて検討したものは少ない。本書は近世から近代移行期に全国で作成された戸長役場史料を、近年盛んになってきたアーカイブズ学の視点から検討したものである。また、著者である丑木幸男氏の戸長役場史料に関する研究の集大成ともなっている。
 本書の構成は次の通りである。

  序 章 戸長役場史料の伝存状況
 T 戸長役場の機能と史料管理
  はじめに
  第一章 戸長役場の機能
  第二章 戸長役場史料の構造と形態
  おわりに
 U 戸長役場史料の形成と保存・廃棄
  第三章 近代的史料管理秩序の形成
  第四章 戸長役場史料の成立とその構造
  第五章 戸長役場史料を焼き捨てる−秩父事件と戸長役場史料−
 終 章 市町村合併と公文書

 Tは全国的な戸長役場の機能とその史料の構造や形態を中心に述べている部分である。 第一章では戸長の機能を戸籍区制期・大区小区制期・連合戸長制期、それぞれについて検討している。これまでの戸長に関する研究では、政府の規定のみで分析を済ませてしまう傾向が見られたが、本書では各時期における府県段階の職務章程や役場史料の引継規定などを詳細に分析しており、地域によりその機能が異なることを解明した点が特徴である。
 それを受けて第二章では、戸長役場史料の構造を各府県の規定と史料引継目録などから検討している。特に史料引継に関しては、名主史料を含めて評価選別を行い、さらに独自の分類項目を立てて保存している事例も見られる。一八七八年の府県官職制により戸長の機能の統一基準が示されると、それに倣う形で分類項目を立て整理保存を行うようになった。また、近世的な史料の形態・様式から近代的なそれへ転換した点から、戸長役場期が近代史料の構造を解明する上で過渡期にあたることを指摘している。
 戸長役場史料の管理システムや特質をより具体的な事例を挙げて述べている部分がUである。
 第三章では近世から現代に至るまで継続して戸長役場に保存された岐阜県高山市の旧高山町文書を事例としている。旧高山町では、戸長役場期に管理方法を分散管理から集中管理に変更した上で、主題別分類を導入している。さらに町村制期には、分類基準を機能・組織別分類とし、大正期には原秩序の大変更を行っていた。
 第四章では、国文学研究資料館所蔵の埼玉県大里郡大麻生村古沢家文書を取り上げている。旧高山町と同様、古沢家も近世から現代までの史料を含む史料群であるが、戸長の自宅に保存された戸長役場史料の事例である。この地域では当初年番戸長制を採用し、後に単独戸長制に変更したため、史料管理形態が特殊である。
 第五章では、戸長役場史料の性格を検討するため、史料を廃棄する事例として秩父事件を取り上げ、民衆の戸長役場史料に対する認識や、この運動の焦点となった戸長役場史料の焼却に関する分析を行っている。
 終章では、二〇〇六年三月までに進められた市町村合併による公文書廃棄の危険性に警鐘を鳴らす意味で、明治期と昭和期の市町村合併による公文書廃棄の条件について検討している。
 著者も最後に述べているように、市町村公文書を未来へ引き継ぐためには、公文書の実態調査や監視体制を確立し、さらに市町村役場史料の研究を行うことにより、公文書保存の重要性を解明する必要がある。本書はその第一歩に位置づけられる研究であり、今後、戸長役場史料の個別分析を行う上で大いに参考となる文献である。専門外の方やアーカイブズ学に興味のある方にも、是非一読をお勧めしたい。
 
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