著者名:鉄の道文化圏推進協議会編『金屋子神信仰の基礎的研究』
評 者:多久田 友秀
掲載誌:「ヒストリア」195 

本書は、平成六年から着手された鉄の道文化圏推進協議会による、「金屋子神信仰調査」の成果をまとめた調査報告書である。同協議会は、近世においてタタラ製鉄が行われていたことで知られる島根県東部の六自治体により、博物館・資料館を核として、その調査・研究と地域づくりへの活用を目指して結成された連絡協議会である。とくに共同研究のテーマとして、「鑪(たたら)」「和鉄和鋼」「神話」のキーワードが設定されており、今回、広く鉄の生業に携わった人々が信仰した金屋子神がとりあげられることとなった。以下に、本書の構成をみていきたい。

 序章、本編三部および付章からなり、序章では、「調査とその概要」で金屋子神を祀る社(祠)の分布調査の方法と、安部正哉・三宅博士「金屋子神社の沿革と歴史的環境」で金屋子神信仰の中核となる広瀬町西比田所在の金屋子神社の沿革・境内の概観が述べられる。ここでは、大坂鉄問屋の寄進による石灯籠も紹介されている。
 第一部「雲州のたたら製鉄と金屋子神信仰」は、五つの小論よりなる。@河瀬正利「中国地方のたたら製鉄とその展開」では考古学的手法でタタラ遺跡の構造が、A石塚尊俊「金屋子神の信仰とたたら」では、民俗学的手法で金屋子神の分布と信仰の特徴が論じられる。B三宅博士「金屋子神の神像と供献物」では、今回の調査で判明した金屋子社(詞)における神像・供献物の特徴についての概要、C目次謙一「金屋子神縁起史料解題」では、『鉄山必要記事』をはじめとする七つの金屋子神縁起本の解題と成立についての考察、D浅沼政誌「金屋子神信仰研究の足跡」では、民俗学研究における金屋子神信仰についての研究史整理がなされている。
 第二部「金屋子社(祠)の分布」は、各地の金屋子社(祠)の分布調査の結果を、調査時の自治体単位にまとめたものである。対象範囲は、@安来市A能義郡広瀬町(現安来市広瀬町)B仁多郡仁多町(現奥出雲町)C仁多郡横田町(現奥出雲町)D大原郡大東町(現雲南市大東町)E飯石郡吉田村(現雲南市吉田町)におよぶ。この結果をもとに、堤研二「金屋子神信仰形態の分類」では、パソコンを用いてデータベースの構築とこれによる計量分析がなされ、金屋子社についての類型化が試みられている。
 第三部「金屋子神社所蔵勧進帳」では、金屋子神社本社の宮司安部正哉氏所蔵の三つの勧進帳が、写真版と翻刻文によって全文掲載されている。「例言」は、史料の翻刻を進められた森山一止氏による。史料の年代は、それぞれ@寛政三年(一七九一)、A文化四年(一八○七)、B文政二年(一八一九)で、@については武井博明「中国地方砂鉄精錬場分布図」(『たたら研究』五号、一九六○、のち『近世製鉄史論』三一書房、一九七二所収)によって、砂鉄精錬場(鈩(たたら)・鍛冶屋)の分布を示す基礎史料として利用され、その存在が知られていたものである。これから「村下(むらげ)」「炭坂(すみさか)」「左下(さげ)」といった構成員の存在が判明する。さらに、史料中から抽出した鈩鍛冶の名称・所在地の一覧表と分布図も付されており、その広がりと位置を一目で確認できる。
 付章には、三宅博士「金屋子神信仰研究の現状と課題」で本書のまとめがなされ、タタラ製鉄と金屋子神信仰に関する「参考文献」が添えられている。

 さて、本書で特筆すべきは、製鉄と関わりの深い金屋子神信仰について、これまで試みられることのなかった社の分布を小社・祠にいたるまで網羅的に調査し、現状の記録と考察を加えたことである。また、協議会の構成上、広範な分野の研究者の参加による成果であることも本書を特徴づけている。民俗学の分野で、従来、金屋子神が降臨した神木として象徴とされていた「桂の木」が、堤論考による計量分析の結果、実態としてその存在がきわめて少ないことが分かったことなどは、こうした成果の一つといえよう。
 最後に、金屋子神社所蔵の三つの勧進帳が公開されたことは、金屋子神信仰が展開した背後にある、各地の鈩・鍛冶屋の在り方についての一層の究明に寄与するものといえる。和鉄生産については、高殿(たかどの)鈩などの技術的側面のみならず、具体的な個々のタタラ場の形態をふまえた考察を進めていく必要があるだろう。本書の刊行によって、タタラ製鉄をめぐる研究がさらに深化することを期待したい。
 
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