著者名:橋本政良編著『環境歴史学の探求』
評 者:坂誥 智美
掲載誌:「史潮」59(2006.5)

近年、様々な研究領域で「環境歴史学」は認知されつつある。高等教育機関の環境系学部での開講もなされているし、書物を見かけることも多くなった。私自身、法制史の分野において環境をとらえる研究をしていることもあり、非常に興味深く本書を読まさせていただいた。
 橋本氏は既に、『環境歴史学の視座』(岩田書院、二〇〇二年)を出されている。この中で環境歴史学について、「過去の事象を当該時代の特質性において意味を解明する通常の歴史学的作業をしつつ、現代に残された歴史学的環境を通して、過去と現代をつなぐ作業をおこなおうとするもの」と意義づけられている。ただ、『環境歴史学の視座』においては過去と現代・現在の時代間交渉を中心に思索を深める企図であったことと、序章の他、六章の各論文のすべてが日本史分野で構成されたため、世界的な視点という意味では足りない部分があったとされ、これらを埋めるべく新たな視点も含めたものが本書『環境歴史学の探求』として出されたのである。本書は、「環境歴史学」の位置付けを定義づけた序章の他、全五章から構成される。その内容は以下の通りである。

 序 章 文化の時代間共生と環境歴史学(橋本政良)
 第一章 古代日本の災異詔勅にみる環境認識(橋本政良)
 第二章 戦国城下町の食生活をめぐる歴史的環境 −一乗谷朝倉氏遺跡の調査結果から−(佐藤圭)
 第三章 戦国時代宇都宮家臣の営為と地域文化の基層 −下野国高橋城と東高橋郷・高橋氏を例に−(新川武紀)
 第四章 若狭野尻銅山における環境問題 −史料紹介を通しての試論−(隼田嘉彦)
 第五章 森を守る法・森を破壊する法 −東南アジアにおけるポスト植民地主義と森林をめぐる慣習法−(合田博子)

 第一章は、古代の人々が遭遇した災害の姿を、古代文献にある描写に従って叙述し、約二百年にわたる災異に関する詔勅を作表化した上で、その分析を通して自然認識のあり方を考察している。
 第二章は、出土遺物の科学的研究の成果をもとにして、戦国大名の食生活とそれを取り巻く自然環境について歴史的研究に照明を当てる。文献史料の記録と発掘された食用動植物遺体を相互確認することによって、過去の生活環境の復元が可能となることを示し、「遺跡の保存」の更なる必要性・重要性を訴えている。
 第三章は、宇都宮氏の家臣であった高橋氏が営んだ、高橋城にまつわる歴史的・文化的環境について、歴史地理学的考察を通して述べている。
 第四章は、鉱害に対する百姓の諸要求を紹介し、環境汚染の様相についてを文献的には明示できない数々の問題(例えば年貢減免・身体への影響・坑夫による風紀の乱れなど)が潜むことを指摘する。
 第五章は、文化人類学の分野からの論である。西欧列強の植民地から独立した新生国家が国際社会へ踏み出す際、否応無しに西欧モダニズムの遺産を引き継がざるを得なかったことを指摘し、土地法・森林法においてもそれが具現されている実例をマレーシアのサラワク州(英国植民地)・インドネシアに属するカリマンタンのダヤク系民族(オランダが旧宗主国)・フィリピンの北部ルソン島先住民の土地権喪失(スペイン、そしてアメリカの植民地時代を経る)などから論証している。

 ところで、橋本氏は環境要素を次の四種にまとめる。
 1.廃棄・排出物等による環境汚染 →人間による自然に対する加害
 2.自然災害による被害 →自然による人間に対する加害
 3.社会・経済・政治関係 →貧困・経済競争・戦争等による国際的・社会的トラブルにより起こる環境問題
 4.文化財・景観保護 →開発等による文化遺産の破壊
 1・3は現代の環境問題において、常に中心的課題となりうるものである。2は自然が原因ではあるが、自然環境を無視した開発や全世界的および地球規模で問題視される温暖化現象などを考えると、人為的原因も含まれることは明らかである。4も人間の開発行為がその原因であろう。つまり、環境問題には常に人為的原因が絡んでいると言いかえることも可能である。
 近年、2(自然災害による被害)については、大地震後の問題などを中心としながら、多くの論文が出されている。博物館での特別展などの開催も活発である。4(文化財・景観保護)なども自治体の発行する遺跡発掘調査報告書では頁数を増やしてきているが、まだまだ一般への認知は低いかと思われる。これから発展が続く分野であろう。その他二種についても、今後の積極的な研究が待たれるものである。

 環境問題は歴史学に限らず、様々な分野で問題化され、深刻な状況に陥っている。今まで以上に問題提起を行っていくことが大切であろう。それには今一度、人間が「環境」に対してどのように向き合ってきたのかを確認しておかねばなるまい。様々な分野からアプローチされた本書は、問題の所在を知るには非常に有意義なものになっていると思われる。会員の方々にも、御自分の研究テーマから訴えられるものを探し出していただく契機となれば幸いである。是非、御一読していただければと思うところである。
                         (専修大学法学部非常勤講師)
 
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