著者名:石塚尊俊著『里神楽の成立に関する研究』
評 者:岡田 荘司
掲載誌:「山陰中央新報」(2005.12.4)

地域の貴重な文化遺産

 神楽は日本人の原風景であり、精気を奮い起こす精神発露の場である。神楽の源流の一つは出雲・石見にあり、島根県は神楽の発信地点にあたる。こうした民間の神社の祭儀に奏される歌舞を里神楽という。里神楽は、地方・地域に伝習された民俗芸能として、地域の文化を伝える貴重な文化遺産となってきた。各地の里神楽を丹念に調査し、研究を進めてこられたのが、本書の著者石塚尊俊氏である。
 石塚氏は若い頃から民俗学に関心をもたれ、民俗学の創治者として著名な柳田国男に師事され、長年島根県の文化財保存の行政に携わってこられた。米寿を迎えられた現在も雲根神社名誉宮司として神明に奉仕されている。同氏の研究の中心は、学位論文「西日本諸神楽の研究」(昭和五十四年刊行)に示されており、その内容は高い評価をえて、柳田国男賞を受賞されている。今回刊行された本書は、その後新たに研究を重ねられてきたものを再構成して、一冊に纏(まと)められた。
 本書の冒頭には「神楽研究の視点」「里神楽成立序説」の二編が並ぶ。「神楽」と書いて、なぜカグラと読むのか。この漢字二字を最初からカグラと読める方はいないだろう。カグラと読むと覚えているから読めるのである。こうした疑問にも明快に答えてもらえる。最初にカグラという言葉があり、これに漢字を充てたものであるという。もともとの語源は、神の座における祭りの作法から始まったもので、これを「神座・カミクラ」といい、これが訛(なま)ってカグラと呼ぶようになった。神座は神を招き、その御魂を鎮める場所をいう。
 各編には、出雲・石見・隠岐の神楽をはじめ各地の神楽の特色を紹介している。里神楽は、地域の人々によって支えられ、日本の民俗文化・精神文化の核となって伝来してきた。そして古代出雲文化の枝葉となって現代へ発信をつづけている。本書への理解を通して、地域の文化遺産である里神楽を、未来に向けて受け継いでいって欲しいと願うものである。
                         (国学院大神道文化学部教授)
 
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