著者名:御影史学研究会編『民俗宗教の生成と変容』
評 者:藤原 修
掲載誌:「日本民俗学」246(2006.5)

 御影史学研究会はすでに一九九四年(平成六年)、創立二五周年記念論集『民俗の歴史的世界』(岩田書院)を上梓している。様々な民俗諸相を、歴史的な世界のなかに位置づけて論じた多彩な思考の集積がそこにあった。代表の田中久夫はあとがきのなかで、「四畳半の我が家から御影史学研究会が始まった」と記している。時は大学紛争の時代、紛争は学びの意味を問いつつ実は学びを形骸化させたが、観念より学びたいという情動こそが本会結集の精神であった。あれから十年、再び創立三五周年記念論集『民俗宗教の生成と変容』を世に問うこととなった。
 収録論考一七編は、いずれも民俗宗教の諸相を歴史的な世界のなかで読み解こうとして意欲的である。第一編「生成と変容」は縁起や図像から宗教的世界観や聖的存在の具体像を提示する論考が四編。西尾正仁「造仏伝承の源流」酒向伸行「疫鬼と槌」久下正史「尊恵将来経伝承の展開」植野加代子「妙見菩薩の像容について」。第二編「海の道と山の道」では伝播に関する論考五編がそれぞれ光彩を放っている。井阪康二「紀州沿岸の神功皇后伝説・補陀落渡海と潮流」俵谷和子「行勝・天野社と平清盛」宮原彩「下関の伊崎のカネリ(頭上運搬行商者)と厳島信仰」小山喜美子「鬼追いの由来」平野淳「白山から近江への道」。第三編「生活と俗信」では現行民俗の分析から文献記事の意味を明らかにする、田中久夫「胞衣と産部屋」渡部典子「針供養とこんにゃく」。銭湯と寺院との関わりを分析する藤江久志「中世の湯と担い手」、地理学的な手法からアプローチする白石太良「生活文化の舞台としての公衆浴場の現状」が収められている。第四編「ムラとマチ」では場と密着して伝承される民俗諸相を分析する手堅い論考四編、永瀬康博「河原巻物と皮革」篠原佳代「伊予の狸伝説の成立とその背景」西尾嘉美「神事頭役制の維持と変化について」兼本雄三「近世村落祭祀の日常と非日常」が収められている。また巻末に本会の活動記録と出版目録があって参考になる。
 二〇〇四年度(平成十六年)日本民俗学会第五六回年会開催を担当した本会は、しかしあくまで「研究会」と自称する。研究する過程を重視することが理由と思われるが、今後五〇周年に向けてどのような進化を見せてくれるのか。民俗学のあり方を常に問うている本会の今後の活動を注視しつつ、新たな記念論集の刊行を喜びたい。
 
詳細へ 注文へ 戻る