著者名:全国歴史資料保存利用機関連絡協議会編『日本のアーカイブズ論』
評 者:飯島 渉
掲載誌:「記録と史料」16(2006.3)

 本書は、1899年から1997年までの約100年の間に発表された「文書館」に関する代表的な論文・論考が収録されている。冒頭の「刊行のごあいさつ」に書かれているように、編集方針は「日本における文書館に関する研究の軌跡を原典で提示することにより、先人の論考に直接触れ、自らの足元を確認するばかりでなく、今後の文書館等のあるべき理論と技法を模索すること」であり、日本におけるアーカイブズ・サイエンスの発展の様子を汲み取ることができる構成になっている。
 本書に掲載されている論文を改めて見直してみると、文書館に勤務していながら、管見外にあった論考が多数あり、自省の念に耐えない。
 最初に本書の構成及びその内容について概観しておこう。
 本書は序章及び2部5章構成になっている。

 第1部 文書館像の紹介と史料保存整理論の萌芽−1899年〜1980年代前半−
  第1章 欧米のアーカイブズの紹介
  第2章 保存性理論の萌芽
 第2部 日本におけるアーカイバル・サイエンスの形成−1980年代後半〜1997年−   第3章 日本のアーカイブズ論の形成
  第4章 記録史料の管理論
  第5章 記録史料の形成・伝来論

 第1部は「文書館像の紹介と史料保存整理論の萌芽」と題して、2章構成とし1899年から1980年代前半までに発表された論文10本を紹介している。
 第1章では欧米のアーカイブズ像の紹介やその設置を要望する論文5本が掲載されている。
 最初に、(古)文書館の設立を要望したのは歴史学者であったことがこの時期の論文をみるとわかる。そこには、古文書を利用(=歴史学者が研究に使用する)のため、古文書を保存する施設が必要との要望から文書館設立の声があがってきている。
 この段階では、古文書の保存に関心の中心が向けられており、まだ行政文書の保存という概念は芽生えていないようである。そこには「古いもの→貴重なもの、保存するもの」、裏を返せば「新しいもの→保存の必要がない」という考えも底流にはあったのではないだろうか。「古文書館」は早くから要望されたが、「文書館」は要望されなかったといえよう。日本に欧米的なアーカイブズがなかなか育たなかった原因のひとつがあるのではないかと思われる。
 その点からみると、現用・非現用の行政文書の保存の必要性をいち早く提言した元山口県立山口図書館長の鈴木賢祐氏の論文「文書館」は画期的である。このような先駆的指導者を輩出した山口県に、日本で最初に文書館が誕生したのは当然であろう。
 第2章では、欧米の文書館の紹介の段階から一歩進んで「史料保存利用運動の第一期」と表現される1950〜60年代に発表された論文・論考が紹介されている。この時期は史料の保存・利用運動が実質的にスタートした時期として捉えられている。しかし、まだこの時期においては、史料の保存に対する興味・関心は史料の利用者である歴史学者の、「いかに早く効率的に利用するかということとセットになって」おり、包括的な史料保存という観点は生まれていない。史料全体の形成の意味を捉えることはされておらず、個々の史料に重きがおかれていたといえるだろう。

 第2部は「日本におけるアーカイバル・サイエンスの形成」。欧米の文書館で行われている理論が積極的に導入されはじめた1980年代後半から1997年までの代表的な論文15本を3章構成で紹介している。
 第3章では、これまで文書館の役割を「地域に残された歴史的文書の調査・保存・整理」と捉えてきた傾向に対して、「母体組織記録の移管・評価選別・整備公開」を中心に据えた論文が紹介されている。
 第4章は、記録史料の管理論として、史料の調査法・整理法についての論文、さらに史料の利用・普及活動の前線に位置するアーキビストに関する論文が紹介されている。
 第5章では、史料がどのように生み出され構成されながら、現代に存在しているのかを明らかにする「形成」と「伝来」について分析した論文が集められている。
 この第2部で扱う1980年代以降は、87年に「公文書館法」が成立し、文書館論の一定の成熟を見、同時に文書館学が提唱され実践され始めるようになった時期である。日本のアーカイブズが第1歩を踏み出し、史料の保存・利用からそのシステム、管理、利用、公開、そして情報公開とさまざまな課題と向き合い、その「存在」を模索するように展開・発展をしていく様が読み取ることができる。 

 文書館を取りまく研究が多岐にわたり、また活発に行われてきたので、掲載された論文はどれも読み応えがあるものがそろっている。
 例えば、史料整理につながる調査論として、「現状記録論」が挙げられている。その早いものとして、吉田伸之氏の「現状記録の方法について」、「現状記録論をめぐって」が解説文中で紹介され、論文では山本幸俊氏「地域史料の保存と文書館」、廣瀬睦氏「初期整理段階の史料保存手当」で触れられている。 
 吉田氏は千葉県史の編さんに携わっており、県史の調査で現状記録を実践された。私も事務局にいた関係で、その調査に同行させていただいたことがあるが、ひとつに括られた史料の束にも、先人達がどのように資料を見て取り扱い、利用してきたのかを探求しようとする姿勢は、まさに「目からウロコ」であったことを覚えている。
 その現状記録調査の特徴は、史料群を破壊しないこと、可逆性があることである。その当時はベストだと思われたことが次の時代には否定されることもある。よりよい方法があれば、それは改めればよいのであって、元に戻せるような措置をしておくことが大切である。それは、未来に資料を伝える者が、未来に資料を取り扱う人のためにしておくべき大切なことであろう。これからは未来のために、どんな資料を残すべきなのかだけでなく、どのように残していかなければならないのか、ということを考えさせられた調査であった。現状記録による調査方法は、古文書に限らず行政文書にもあてはめて行える調査法ではないかと、今感じている。

 では、これからどのような論点で文書館について論じられていくのだろうか。現在文書館に勤務している者として、研究を深めていってほしいと思う点を挙げてみたい。
 そのひとつは、文書館の利用・普及に関することである。公文書館法が成立して約20年、また情報公開法も施行され、情報の公表・公開が叫ばれるなか、「文書館は不可欠なもの」として認識され、文書館の存在も広まったと思える。もちろん、こういった考えが浸透したのは、この論文集に見られるように、個人の弛まぬ研究、文書館界全体の努力により深まったといえる。
 しかし一方では、千葉県文書館の利用者数はこの数年減少傾向にある、というのも事実である。財政状況が厳しい現在、「経費をかけたならそれだけの効果・成果」が求められ、それはどんな施設にも必要となっているだろう。もちろん、文書館も例外ではない。その効果を具体的に示すことができ、いちばん説得力があるのは文書館を多くの人に利用してもらうことである。そのためには、文書館の広報も含めたより一層の普及活動が必要である。
 本書でも、文書館の普及に関する論文は、森本祥子氏の「アーキビストの専門性−普及活動の視点から−」が収録され、普及活動の重要性が論じられている。その中で、普及活動については、保存との兼ね合いから、議論が遅れてきた面もあるが、利用されることによって、史料が伝える歴史やそこから得ることのできる情報の重要性を知り、ひいては史料を守ろうという意識を生み出していくことにつながっていくことになる、と指摘している。

 千葉県文書館でも、企画展・常設展、古文書講座、県史刊行記念講演会などを毎年開催し、普及活動を行っている。また、昨年11月には「文書館フェア」と題して3日間集中して千葉県文書館で収蔵している資料を紹介する催し物を開催した。ここでは、古文書や行政文書の紹介だけでなく、昭和40年代に県が製作した広報映画や各種地図・ポスター・航空写真なども紹介し、文書館が所蔵している資料の多様性をアピールできたと考えている。このように、従来の展示・講座・講演会の他にも普及活動の幅を広げていくことも必要である。
 しかしながら、利用していただくための来館を妨げるような要因もある。例えば、場所や開館日・時間などが挙げられよう。史料を閲覧する場合、図書館の図書資料とは違い、文書館が収蔵している史料はこの世に1点しかないオリジナルであることから、所蔵する館に行かなければ閲覧することが出来ない。1点の史料を閲覧するためにだけに遠方から来ることが容易なことではいないだろう。もしかすると、「千葉県文書館を利用したいのだけれども、遠くて…」という理由で利用できない人がいるのかもしれない。
 この問題を解決できるひとつが、インターネットでの目録や画像の公開であろう。インターネットで利用できれば、「誰でも」「いつでも」「どこからでも」閲覧が可能である。情報公開が叫ばれるなか、まさに合致した文書館運営になるだろう。さらに、ネット上で利用者からの質問・要望に答えるようなシステムも有効だろう(インターネットの利用を財政当局がどう見るかという問題もあるが…)。文書館の場所や開館日・開館時間で制約される利用者を開拓できる方法になるのではないだろうか。さらに、各文書館や資料保存機関の間でのネットワーク化が進めば、より利用の輪が広まっていくのだと思う。
 私も「文書館」は史料を収集・保存する機関だと思っていたことがある。その反省も含めて、文書館の普及・資料の利用に資するようなことを、文書館に在職中になにか一つでも形に残るものを残しておきたいと思っている。

 書評というより意見・感想を述べてしまったような観があるが、この「日本のアーカイブズ論」を読んで、自分が携わっている文書館業務について改めて見直し、考え直すきっかけとなったことは確かである。それをさせるだけの内容が盛り込まれているのであるから、有益な本だといわざるをえない。
 1998年以降に発表された論文を集めた「日本のアーカイブズ論U」の刊行が待たれるところである。
                               (千葉県文書館)
 
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