著者名:青山英幸著『電子環境におけるアーカイブズとレコード−その理論への手引き−』
評 者:古賀 崇 Takashi KOGA
掲載誌:「アーカイブズ学研究」4(2006.3)

1.はじめに

 2004年4月の日本アーカイブズ学会設立からはや2年ほどが経過し、日本国内においてさまざまな観点からアーカイブズに関する検討が進められるようになった。しかしその一方で、「アーカイブズ」に関する以下のような認識が、日本社会では十分には共有されていないように思われる。
 ・「アーカイブズ」とは何を意味するのか。(実際には、資料、建物、機能といったさまざまな意味を内包する)
 ・上記のようなアーカイブズと、それのもとになるレコードとはどのような関係にあるのか。
 ・記録媒体が紙から電子上のものに移行するにつれ、アーカイブズやレコードの性質はどのように変化しうるのか。
 今回の書評対象である『電子環境におけるアーカイブズとレコード』(以下「本書」とする)は、以上に掲げたような認識や課題を深めるためのきっかけを与えてくれる著作と言えるだろう。

2.内容紹介

 本書は著者・青山氏が駿河台大学大学院にて担当している遠隔教育科目のテキストをもとに作成したという。このテキストという性格に基づき、本書は最初にアーカイブズやレコードに関する基本的知識の解説を行い、そこからアーカイブズやレコードの歴史的経緯や社会的意義、および電子的環境の中でのこれらの位置づけなどを議論する、という構成をとっている。
 本書の主要目次は以下のとおりである。

 T誰がレコードとアーカイブズを作成するのか? また何故作成するのか?
  1人々や組織は何故レコードを作成し保存するのか?
  2私たちは何故アーカイブズを保存するのでしょうか?
  3レコードキーピングの歴史的背景
 Uレコードとアーカイブズとは何か?
  4情報とレコードとの関係は?(1)−オーラルと書かれたレコード−
  5情報とレコードとの関係は?(2)−情報の樹−
  6レコードとは何か?(1)−電子環境における定義−
  7レコードとは何か?(2)−RECORDNESSとMETADATA−
  8アーカイブズとは何か?(1)−古典的定義から現代の定義へ−
  9アーカイブズとは何か?(2)−RECORDS CONTINUUM−
 Vレコードとアーカイブズ管理の基本要素とは何か?
  10ライフサイクル論
  11レコード・リテンションスケジュールの考え方
  12レコードとアーカイブズ管理の基本的構成
  13機関としてのアーカイブズの基本的役割
  14アーキビストの役割
 (巻末に英文抄録、「参照文献目録」、日本語・英語での索引を付す)

 本書は上記のように3部構成をとっており、それぞれの冒頭で「講義内容」「講義構成」「講義−到達目標」が提示されている。また、各章においては、さまざまな基本文献(特に英語圏のもの)からの引用が多く用いられている。さらに、教科書風に課題の提示も随所で行われている。
 以下、本書の章立てに沿って内容を紹介する。

 第T部では、そもそもレコードにはどのような種類があり、それらはどのような要素から成り立っているのか、という点から話が始まり、次いで(非現用レコードとしての)アーカイブズの定義や意義に関する導入的説明がある。そして「レコードキーピング」すなわち組織によるレコード保有活動に関する内外の歴史、とりわけ(機関ないし建物としての)アーカイブズの歴史について、概観している。第T部は、アーカイブズとレコードに関する理論に踏み込む前の導入部として、さまざまな課題の提示も含め、アーカイブズとレコードを身近なものとして捉え直すねらいがある、と言えるだろう。

 第U部は「理論編」と位置づけられる。この部で最初に注意が払われるのは、情報とレコードとの関係である。これについては、以下の3点がポイントとなるように思われる。(1)オーラル(口承での伝達)とレコードとの関係。ここでは、特に日本の古文書学の成果を踏まえつつ、両者の関係について確認を促している。(2)情報をめぐる「マナー」。これは情報の様式を指し、特に「体系化」と「公開性」のあり方を示したものである。(3)「情報の樹(The Infomation Family Tree)」概念。これはオーストラリアのAnn Pedersonが発案したもので、情報の「マナー」のあり方を体系化したものと位置づけられる。具体的には、業務上の基礎的なデータを「根」、体系的な「シリーズ」として保持されるレコードを「幹」、さまざまな刊行物・成果物を「実」としている。
 続いて、「レコード」の定義や構成要素を、「オーストラリア・レコード管理標準(AS4390)」、国際文書館評議会(ICA)電子レコード委員会によるガイドライン、レコードの国際標準たるISO15489、というさまざまな標準ないし基準に照らし合わせて説明している。ここでの説明で重要と思われるのは以下の点である。すなわち、レコードをレコードたらしめる構成要素としては、「内容(書かれたもの)」「構造(書かれたものの配置)」「コンテクスト(業務処理が遂行される職務とレコードとの相互関係)」がある。この3者により、レコードがレコードであること、すなわち「レコードネス」が保障される。また、「レコードネス」を具体化するものとして、そのレコードに関する「メタデータ」があり、ICAがメタデータ基準を推奨している。こうした説明によって、第T部で取り上げられたような身近な「レコード」がもつ奥深さに触れることができる、と言えるだろう。
 第U部の後半ではアーカイブズとレコードとの関係に関する理論的考察が展開される。ここでは、両者に関する従来の考え方、特に、レコード作成組織のための価値(第一義的価値)を内包するか、組織外部の者にとっての「証拠」「情報」面での価値(第二義的価値)を内包するかでレコードとアーカイブズとを区別するアメリカのT.R.Schellenbergの考え方と、近年の考え方、すなわちレコードとアーカイブズとを並列的に捉える(レコードにも「証拠」「情報」面での価値があるとする)オーストラリアのアーキビストの考え方を対比させている。さらに、オーストラリアのFrank Upwardが発案した、レコードとアーカイブズを連続的に捉える「レコード・コンテニュウム」(注1)の概念図の解説にも、紙面を割いている。

 第V部も理論的側面が強いが、アーカイブズやレコード自体がもつ性質を強調した第U部に比べると、アーカイブズやレコードの管理のしくみ、また社会・制度の中のそれらの位置づけに関する議論に比重を置いている、との印象がある。「ライフサイクル論」を論じる中で、青山氏は「(レコード・コンテニュウムの)考え方はライフサイクル論を継承し、包含して、新たな考え方を展開している」との考えを提起している。つまり「レコード・コンテニュウム」の概念図は、レコードの時間上の位置づけと空間上の位置づけとを表現したものであり、前者に「ライフサイクル」の要素が含まれている、ということになる。次いで、レコードの評価と処分に関する具体的手続きと言える「レコード・リテンションスケジュール」を説明するが、アーカイブズ論における大きな難問である「評価」については、AS4390を参照しつつ、「業務上の必要性」「組織の挙証責任」「コミュニティの期待」という観点から「永続性価値」を認められたものがアーカイブズとして保存されるのではないか、と論じている。「レコードとアーカイブズ管理の基本的構成」については、英語文化圏における「レコード管理(recods management)」「アーカイブズ管理(archives administration)」の諸要素や相違点を概観しつつ、この両者を首尾一貫したものとして統合しようする「レコードキーピング(recordkeeping)」の発想の活発化に注意を促している。「機関としてのアーカイブズ」においては、日本ほか各国のアーカイブズが何を所蔵するかについての法的位置づけを確認し、また情報公開制度との関連で日本におけるレコードおよびアーカイブズの公開をめぐる問題点を指摘している。最後に、ICAによる「アーキビストの倫理要綱」などを引用しつつ、アーキビストが担うべき役割について論じている。

3.論評

 本書全般にわたる特色と思われる点、およびそれへの評価をいくつか挙げておきたい。 まず、本書はその書名が示すとおり、「電子環境」の中での「アーカイブズ」と「レコード」の位置づけを論じているが、これには上に述べたような「レコードキーピング」の発想が色濃く出ている、と感じられる。つまり、「電子環境におけるアーカイブズとレコードの関係が同時的空間において把握される」ことこそが「レコードキーピング」の発想と言える(本書13頁)。オーストラリアをはじめ、少なくとも英語圏においては、レコードの作成時点からアーカイブズ的保存・組織化への取り組みを始めなければならない、という観点から「レコードキーピング」の発想のもとでアーカイブズを捉えようとする立場が固まりつつあるように思われる(注2)。こうした「レコードキーピング」の観点に立つ説明は、アーカイブズとレコードに関する新たな見方を日本の読者に与えるのに寄与するだろう。

 次に、アーカイブズやレコードを国際的文脈の中に位置づける必要性がある、という青山氏の信念が、本書の基調にあると感じられる。本書においては諸外国の文献、特に英語圏の文献が数多く引用・紹介されており、さらに英語での表記と日本語訳が併記されている。この点について、青山氏は次のように記している(本書4頁)。

 英文を引用したのは、アーカイブズに関する基本文献の翻訳本が非常に少ないという景があることを挙げることができますが、と同時に、アーキビストたらんとする人は世界の共通言語である英語によってアーカイブズのことを会話することが、今後益々求められると筆者は考えているからです。

 評者としてこの説明に付け加えるならば、日本においては(特に現在の業務活動に結びつくような)アーカイブズやレコードをめぐる活動を支える理論的基盤の薄さがあり、それゆえアーカイブズやレコードをめぐる活動が社会的に軽視されている、という問題がある。本書で説明されたさまざまな理論と国内の状況とを照らし合わせ、また将来的には日本からアーカイブズやレコードをめぐる国際発信を行う必要性があるだろう。そのためにはまず諸外国の理論を学ぶ必要がある、との認識が青山氏にはあるのではないかと推測される。
 「国際的文脈」という点に関しては、本書に現れた、「レコードキーピング」「レコード・コンテニュウム」「レコードネス」などの概念の理解も、国際的文脈の中でアーカイブズやレコードを論じるために不可欠と言えるだろう。日本でも紹介が進む「レコード・コンテニュウム」論について、特にレコード・コンテニュウムとライフサイクルとの関係について、青山氏なりの解釈を示している点も、海外の理論を日本に位置づけようとする苦心の跡がうかがえる。もっとも、「レコードキーピング」については、第T部に見られるように「組織によるレコード保有活動」と理解すればいいのか(本書32貢)、あるいは第U部の「12 レコードとアーカイブズ管理の基本的構成」にあるように「レコード管理」「アーカイブズ管理」の統合化なのか(本書178頁)、概念整理があいまいであるように思われる。

 一方、「国際的文脈の中での位置づけ」を意識している点に、本書の弱点もまた現れていると評者は考える。つまり、本書の中でいくつか日本の事情は記述されているものの(また本書中に示された「読者への課題」として示されているものの)、特にアーカイブズやレコードをめぐる理論に関する記述は英語圏での議論を中心とするものであり、ややもすると日本の読者にとって理解が上滑りになってしまうのではないか、との懸念がある。本書の記述は、日本におけるレコードやアーカイブズの取り扱いをめぐる現実の状況と照らし合わせることで、より理解が進むものと思われる。
 例えば、福嶋(注3)によれば、日本の自治体行政においては、「証拠的価値を保有しながら重要なのに(適切な検索手段が保障されておらず−引用者注)顧みられない永年文書と、証拠的価値ではなく、情報的価値を評価されて歴史研究を主な目的として利用することに限定されていくアーカイブズ、というふたつの系列」が並存している状況にあるという(注4)。ここでの「証拠的価値」とは自治体行政にとっての「証拠的価値」を指すものと言える。つまり、前述したような本書第U部の後半での説明と照らし合わせれば、レコード作成組織のための価値(第一義的価値)と同一であり、組織外部の者にとっての「証拠」面での価値(第二義的価値)とは異なるものと考えられる。このように、日本においてアーカイブズやレコードにどのような価値が内包されているかは英米圏で想定されているものとは異なっており、だからこそ、本書の記述内容を手がかりとしつつアーカイブズとレコードに関する議論の深化が必要とされるのではないだろうか。その意味では、「電子環境におけるアーカイブズとレコード」の考察は本書の中でのみ完結するものではなく、前述した福嶋氏の論稿、また青山氏の前書であり日本のアーカイブズ(学)史に関する記述が多く見られる『アーカイブズとアーカイバル・サイエンス』(注5)などと照らし合わせることによって、さらに深い考察が成されるものと思われる。

 もう一言、評者個人の関心から付け加えておくと、本書の意義のひとつに、アーカイブズとレコードに関する法的位置づけへの言及が成されている点がある。すなわち、「13 機関としてのアーカイブズの基本的役割」において、情報公開法のもとで「公文書」(レコード)は「公用文書」から「公共用文書」へと転換しており、それゆえ公文書管理の規則の制定は「国民・住民の権利保障」にかかわるため「行政内規事項」ではなく「法律または条例という議会立法の事項」であるべきだ、という行政法学者・兼子仁氏の考え方(注6)を紹介している。あわせて、日本の情報公開法における「所属機関の文書非公開措置に対する国民の不服申し立て」の手続きが「歴史資料として重要な公文書等」すなわちアーカイブズについては用意されていない、という問題点を指摘している。評者は別稿において、記録(レコード)管理やアーカイブズに関する法的考察の不十分さを指摘したが(注7)、本書で論じられているようなアーカイブズやレコードの理論を現実社会の中に位置づけるため、アーカイブズやレコードをめぐる法的考察ならびに制度面での考察は今後ますます必要とされるだろう。

 以上、本書に対していくつか批判も行ったが、アーカイブズとレコードについての考察を深めるための一冊として、本書は味読に値するだろう。繰り返すが、本書で示されているような英語圏でのアーカイブズ理論・レコード理論と、日本のアーカイブズ観・レコード観とを照合させ、比較吟味することによって、「電子環境におけるアーカイブズとレコード」に関する考えを深化・展開していくことが、私たちにとっての大きな課題であるように思われる。


1「レコード・コンテニュウム」については日本国内で用語の統一がまだ取れておらず、「レコード・コンテイニュアム」「記録連続体」といった表記が見られる。「レコード・コンテニュウム」については日本でもいくつかの論考が発表されているが、導入的なものとして以下の2つを挙げておく。アン・ペダーソン「オーストラリアのアーカイブズ(Archivae Australis):1945年から現在までのオーストラリアのアーカイバル・アプローチ序説」、日本アーカイブズ学会(仮称)発足準備大会開催報告、2003年10月4日。<http://www.jsas.info/reports/031004preCon/Lec2/Lec2-F.html>(アクセス確認2006年2月28日);坂口貴弘「記録連続体の理論とその適用:記録の評価選別における機能分析プロセスを例に」、『レコード・マネジメント』47号、2004年、15-33頁。なお、本書中でもうひとつ表記が気になったことばに、「12 レコードとアーカイブズ管理の基本的構成」に頻出する「ナッレジ・マネジメント」があるが、これについては「ナレッジ・マネジメント」が国内では一般的な表記であろう。
2「レコードキーピング」を包括的かつ多角的に考察した最近の著作として、以下を参照。McKemmish,Sue,Michael Piggott,Barbara Reed,Frank Upward(eds.)Archives: Recordkeeping in Society,Wagga Wagga:Centre for Information Studies,Charles Sturt   Universtity,2005.
3福嶋紀子「行政の文書管理と文書館:歴史的な説明責任の有無と記録」、『レコード・マネジメント』49号、2005年、3-19頁
4前掲注3、8頁
5青山英幸『アーカイブズとアーカイバル・サイエンス:歴史的背景と課題』、岩田書院、2004年。
6 兼子仁『行政法学』岩波書店、1997年。
7古賀崇「「Continuumとしての政府情報」と記録管理:「政府情報論」の構築に向けての試論」、『レコード・マネジメント』49号、2005年、57-73頁。該当部分は70-71頁(注18)
 
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