西沢淳男著『幕領陣屋と代宮支配』
評者・鈴木敏弘/岩橋清美 掲載誌・史潮/
新47号(2000.5)

本書は、近年、江戸幕府の権力基盤である幕府直轄領(幕領)を治めた代官に関する研究を精力的に行なってきた西沢淳男氏が、これまでの研究成果をまとめたものである。内容は、一九八八年から一九九六年にかけて『地方史研究』・『信濃』等に発表した論文八本に新稿二本を加えてまとめられており、構成は以下の通りである。
(目次省略)
本書は、一九六○年代以降の幕領・代官研究の成果をまとめた上で、幕藩制国家の諸段階における幕府代官政策や幕領政策について、幕領支配の拠点である代官陣屋を中心に解明することを課題としている。
第一部では、中後期における幕領の全国的形成やその特質を陣屋の設置・改廃を通して検討を行っている。第二部では江戸幕府の政治的・経済的基盤として重要な位置を占めていた関東を取り上げ、関東代官就任者を総合的に分析した上で、幕政改革期の陣屋設置・支配代官の特質を明らかにしている。第三部は幕領の個別性の問題の解明を試みたもので、具体的には信濃国幕領の成立・形成過程の検討を行なっている。さらに関東に隣接する信濃国佐久郡御影陣屋管下の取締政策を分析し、関東の諸制度・政策を意識・追従していったことを明らかにした。また、信濃国内の各陣屋において陣屋業務を請け負っていた郡中代等の時代的変遷についても検討し、同一国内であっても地域差が存在することを実証した。
本書は、これまでの個々の代宮・および一定地域の幕領を対象にした研究に対して、全国レベルで代官陣屋の存在形態・代官就任者を分析した点に最大の特徴がある。特に、パソコンを用いた膨大な史料分析は、今後の代官研究・幕領研究における貴重な基本データを提示していると言える。しかし、それだけに、データ結果の背景にある社会変容に関する分析が必要であったようにも思われる。代官陣屋や代官就任者の地域性・時代性の要因を幕府の政策動向および地域の社会状況と関連付けて論じることで、より豊かな幕領支配像が提示できたのではないかと思う。
本書の特色のひとつ、というよりは、研究書の今後の問題提起というような位置づけとなるものに、付録のCD−ROMがある。これまでは単体として『平安遺文』『荘園データベース』などの販売がなされているが、このCD−ROMはあくまでも付録であることに意味があろう。
本CD−ROMの内容は、@郡代・代官、A陣屋の大項目に分類されている。データの入力および詳細については、本書第一部付論「代官および陣屋データベース構築について」を参照していただくとして、ここではデータベースを使用した感想について若干述べておきたい。
本CD−ROMをウィンドウズ(95・98・NT)搭載のパソコンにインストールして立ち上げると、「郡代・代官」と「陣屋」を選択する画面が現れる。それぞれ、代官名・陣屋名などを入力すると、各々のデータを表示したカード型の画面が現れる。このようにして、「郡代・代官」と「陣屋」に関するデータを検索するわけである。
検索して気付いた点は、まず第一に、本CD−ROMの使用者は、極めて限定された専門家を対象としているのではないかと感じた。すなわち、「郡代・代官」と「陣屋」に関するデータは大変多くの情報量をもっているため、利用者に与える便宜は計り知れない。その反面、検索方法が限定されているため、代官・陣屋について基本的知識、例えば代官名や陣屋の置かれた場所などについて知らない場合には、アトランダムに検索しようとしても検索しにくいのである。なお、陣屋については「関東」・「四国」などの地域から検索が可能である。
そして、第二には、和暦年号(元号)の表記についてである。例えば、フィールド5の「代官発令年」とフィールド9の「離職年」は、ひとつのフィールドに年月日が一括して入力されている。元号処理の一番の問題点は、著者自身も記しているように、平月と閏月の処理である。著者は「ソートを前提としていない」ため、「平月の場合月と日の間にピリオド(。、閏月の場合はスラッシユ(/)を用いているが、発令・離職年のみが必要であるならば月日は省賂して良いのではないだろうか。逆に、月日が必要であるならば、年・月・閏月・日というように、別のフィールドを作り、テンキーによる入力をすれば、入力の手間も省くことができ、ソートも容易に行えるのではないかと思われる。もっともピリオド(。)やスラッシユ(/)を用いていることによって、使用者がテキスト変換を行えば自在にデータを使用することも可能である。要は、このようなデータの活用方法の問題となるのであるが、このような形でデータを公表された以上、公表された段階からこのデータ自体が一人歩きするのである。そこには、著者(作製者)の意図は全く反映されない使用のされ方がなされる可能性もあると思われる。
やや苦言を呈したような形となってしまったかもしれないが、まずこのようなCD−ROMを作製され、あえて付録として著書に添付されたのは、著者の英断とも言うべきであろう。本書ならびにCD−ROMが、郡代・代官研究は無論、陣屋についても各々の該当地域において活用されることは容易に想像できよう。また、元号処理についても、本書のみならず、学界共通の問題として認識されるべきものである。そのような意味でも、本書が単体販売でなく、付録としてCD−ROMを添付している点と入力方法およびそれについての著者の考えが提示され、本書の価値を高めていることはいうまでもない。
十分な紹介もできずに、気が付いた点のみを批評するような形になってしまい、著者の意図が十分理解できていない部分もあろうかと思うが、ご寛容を請う次第である。
(すずき としひろ・法政大学兼任講師)
(いわはし きよみ・法政大学兼任講師)
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