著者名:野村純一編『伝承文学研究の方法』
評 者:山下 欣一
掲載誌:「口承文芸研究」29(2006.3)

野村純一の古稀を記念し、野村の講筵に列した教え子や薫陶を受けた者たちが、それぞれ新進気鋭な論文(32篇)を寄稿し、今回『伝承文学研究の方法』と題した記念論文集が刊行された。
 本書は、次のような三大項目に大別され、さらに、それぞれ小項目別にまとめられているので、それらを提示してみると次のようになる。
 T 口承文芸の諸相
    昔話 (10篇)
    伝説 (4篇)
    世間話(3篇)
    歌謡 (2篇)
 U 説話文学の展開
       (6篇)
 V 民俗文化への視角
       (7篇)
 さらに本書には編者としての野村純一「昔話・語り手・言葉−ここではその“言葉”に向けて−」が巻頭におかれて、異彩を放ちつつ、期せずして、本書編纂の意図とその水路づけがなされている点、注目していいと思う。
 野村純一は「昔話・語り手・言葉」の三大キーワードは、以前から手元で温めてきたものであったとして、自分の幼児体験における一八七八(明治十一)年生の祖母の言葉の躾から説き起こしていく。かなり説得力のある主張である。しかし、このような言葉は、現今、すっかりマイナーな立場に追いやられている現実を確認する。さらに野村純一は、神話、昔話、伝説は、こうしたマイナーな言語にもとづいて伝えられてきたにも拘らず、それらは一様に完結した形として残った。それだけではなく、何故か遠方に在る話と類型を示しつつ、相互に通い合う構造を持っていた。意外にも、このマイナーな言語世界は広く開かれる世界を擁していたのだといえると要約し、さあ、ここに論考を寄せて下さったみなさんと共に思念してみたいという伝承文芸研究の基本的問題点を提起している。

 ここに寄せられた論文は「口承文芸の諸相」の項目がもっとも多く、多方面からの考究である。これらの論考を包むように「説話文学」関係と「民俗文化への視角」からの力編が収載されていて、地域的にも沖縄・韓国への広がりをみせ、収載論文は、それぞれに実証性に立脚しており説得力に富むものとなっている。収載論文についてこれらを紹介する必要があろうが、ここでは「口承文芸の諸相」の項に収載されている根岸英之「「危険な話群」への企て−野村純一博士の「世間話」研究・私論−」についてみてみることにしたい。
 根岸英之は、野村純一『日本の世間話』(東京書籍、一九九五)の「危険な語群−『断腸亭日乗』から−」を取り上げ、野村純一の「世間話」観について考究している。野村純一は世間話とは“道徳塗説”の文芸であり、昔話や伝説と共に民間説話の一翼を担うものとして位置づけていて、常民の文芸の一斑だといってよく、その文芸性にもこだわる立場を持しているとする。そして、いうならば、いまわれわれの目前にある現実を踏まえて、次には一体全体いかなるテーマが導かれ、かつ設定し得るのかなどと、それらを議論していくべきであるという野村純一の提言で結んでいる。
 本書は今後の研究への視点ならびに方法へのすぐれた問題提起の論集であるといえよう。
 
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