著者名:黒田慶一編『韓国の倭城と壬辰倭乱』
評 者:西 光三
掲載誌:「地方史研究」320(2006.4)

本書は、豊臣秀吉による二度にわたる朝鮮侵略(日本側でいう文禄・慶長の役。北朝鮮・韓国では壬辰倭乱・丁酉再乱と呼んでいる)の際、豊臣軍によって、その国土の南海岸を中心に約三〇箇所余り、侵略の拠点として築かれた日本式城郭、いわゆる「倭城」の研究を共通テーマとして考古学、文献史学の諸論考を集めて一書となしたものである。
 編者の黒田慶一氏がその冒頭に「日韓両国で近年、倭城に対する関心が高まっている」と述べられているが、そのことを裏付けるように、編者の呼びかけに賛同した多くの日韓両国の倭城(城郭史も含む)、陶磁器、豊臣政権、朝鮮の役などの分野において、第一線で活躍している研究者が、それぞれ異なるテーマから倭城研究の深化を目指して、互いに最新の研究成果をもち寄っている。
 さて本書の目次を示すと次の通りである。

 序                                 黒田慶一
 第一部 倭城論
  第一章 韓国の最近の倭城調査について               黒田慶一
  第二章 倭城の虎口−城門の位置・その機能を中心として−      高田 徹
  第三章 西生浦倭城築造法−築城工程表の復元をめざして−      西川禎亮
  第四章 戦国織豊期における「惣構」の展開と倭城          福島克彦
  第五章 文禄の役における仕置の城の存在形態について
          −拙論に対する金泰虎氏の批判に接して−      白峰 旬
  第六章 朝鮮総督府の古蹟政策と地域社会−倭城を中心に−      太田秀春
 第二部 戦役論
  第一章 慶長の役(丁酉再乱)における長宗我部元親の動向
          −全州会議の意義を中心に−            津野倫明
  第二章 「蔚山合戦図屏風」の成立と展開 高橋 修
  第三章 壬辰倭乱初期の様相に対する再検討と
       「壬辰倭乱図屏風」の新たな解釈 廬 永九
  第四章 蔚山地域壬乱義兵の活動とその性格 禹 仁秀
  第五章 伊能忠敬『山島方位記』に見る「朝鮮の役」
          −『伊能図』朝鮮の山々の解析から−        辻本元博
  第六章 丁酉再乱期における漆川梁海戦の背景と主要経路       李 敏雄
 第三部 技術伝達論
  第一章 倭城出土の陶磁器に関する予察
          −日本出土品を視座として−            片山まび
  第二章 「唐津焼創始時期−一五八〇年代説−」を問う
          −岸嶽城の縄張構造の解明を通して−        木島孝之
  第三章 一七世紀の朝鮮における焔硝貿易と火薬製造法発達      許 泰玖
 あとがき                              黒田慶一

 目次からもわかるように、本書は〈第一部 倭城論〉(論考六本)、〈第二部 戦役論〉(論考六本)、〈第三部 技術伝達論〉(論考三本)の三部構成をとっており、それぞれに最新の興味深い倭城研究の成果が提示されている。本来であれば、各論考について一つ一つ紹介していきたいところであるが、紙幅の都合上それは叶わないため、ここでは本書の全体を通じた特徴および魅力について簡略に述べることでその紹介に代えたい。
 さて、本書の特筆すべき特徴としては、前述の通り、編者である黒田氏の呼びかけに賛同した日韓両国の研究者が、分野を越え、国境を越えて持ち寄った学際的な研究成果が結実したことによってその内容が編まれているという点である。
 さらに本書にもあるように、倭城の遺構は、日本国内に現存している近世城郭と比して、城郭として当時の原型を留めているものが多く、織豊期および近世城郭史研究にとって大変貴重な遺構群であるといえる。それゆえに、城郭史研究において、韓国に残る倭城の研究成果が得られるということが、いかに重要であるかということは論を俟たないであろう。このような考えに立脚したとき、言語の壁を越えて日韓両国の研究者による共同研究の成果が結実された本書の研究史上の価値も、言うまでもなく非常に高いものとなっていることも付言しておきたい。
 また、各氏の論考に用いられた図・表・付図の充実ぶりも、これらの研究に不案内な者をしっかりと「倭城」という壬辰・丁酉当時の軍事施設へと導いてくれる道標となっており、これも本書の魅力の一つになっている。

 このような本書の魅力はここで語り尽くせるものではないが、考古学、城郭史研究、政治史、社会史等に携わる諸兄のみならず、広く織豊期および近世史研究を専攻される諸兄に至るまで、必ずやその期待に添う内容となっているといえる。過去の我が国による侵略の歴史の一断片を物語る本書が、願わくは編者も言われるような学術を通した日韓両国の架け橋とならんことを祈念し、是非とも本書を一読されることをお薦めしたい。
                                 
 
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