著者名:松原武実著『奄美 加計呂麻島のノロ祭祀』
評 者:福岡 直子
掲載誌:「日本民俗学」245(2006.2)

行政区分上、鹿児島県大島郡瀬戸内町に属する加計呂麻島、請島、与路島にある三三の有人集落のノロ祭祀に関する現行行事とそれに関連する聖地や呼称(山・建物・土俵・道・川・泉・樹木・自然石・石碑・遺跡・墓等)についての緻密なデータが所収されたものである。そして、著者のまえがきのとおり、本書が「記録する」ことに重点がおいている点が特徴である。
 本書は二部構成である。第一部は「ムラ別ノロ祭祀の状況」として、三三全集落を地図と豊富な写真と本文で構成し、ムラ(シマとはしていない)の全体像とノロ祭祀の世界観に留意している。各集落の集落概念図の各所に番号とともに聖地や呼称を図示し、その地点を撮影した写真を所収するといった編纂である。そして、各地点ごとに一〇〇から一五〇字の説明が併記されている。撮影年は一九九八年を中心に、一九九六年から二〇〇三年にかけてで、いわば加計呂麻島他二島のほぼ同時期の状況が、視覚的によくわかるような報告書となっている。集落によって紹介地点数は異なるが、二〇箇所内外である。今後、これらの写真をもとにした定点観測をすすめ、さらなる継続的なデータの蓄積をおこなうことで、資料としての活用範囲が広がるものと考えられよう。そのような活用をさらに有効にするためにも、地理的な空間的な位置関係を知ることができるよう、二点のうち一点の地図の方にだけでも等高線が入った地図の利用を考慮していただきたかった。しかし、三三〇頁あるこの第一部からだけでも、集落の独立性・個性が高いと考えられる奄美社会の一端を印象づけるに十分なものとなっている。
 第二部は「ムラの成り立ちとノロ祭祀」である。著者自身の既発表の論考に加筆したもののうち、四集落を選出し所収した考察編となっている。四集落、それぞれノロ祭祀およびその周辺の祭祀である豊年祭や伝説を素材にした論考である。これらの論考には、第一部で示された聖地や地名が頻繁にあらわれており、そのたびにどのような場所であるか確認しながら各集落の概念図と写真を見るという方法で読むことができ、興味深いものがあった。本書において著者は、ノロ祭祀の衰退とともに過疎化が進んでいると最後に述べるにとどめているが、今後の奄美研究の課題をいくつか示していただきたかったと思うのは勝手であろうか。加計呂麻島は、奄美研究の早い時期から調査研究の対象地だった。本書には、あらためて記録するということの基本を知らされる。また同時に、課題を見つけるために十分な情報が盛り込まれているということを感じさせる。
 
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