著者名:五島邦治著『京都 町共同体成立史の研究』
評 者:高橋 慎一朗
掲載誌:「年報 都市史研究」13(2005.11)

本書は、著者が一九八七年から二〇〇四年にかけて発表してきた諸論文を原型として再構成された研究書である。まずは目次を掲げてみよう。

  はじめに
  第一部 都市民の誕生と祭礼組織
 第一章 平安京の成立と都市住民の形態
 第二章 摂関時代の都市民
 第三章 平安京の祭礼と都市民の成熟
 第四章 郊外の御霊会
 第五章 稲荷旅所の変遷
  第二部 町共同体の成立
 第六章 「町人」の成立
 第七章 山鉾風流の成立
 第八章 「町人」組織と土倉・法華宗寺院
 第九章 天文法華一揆と惣町の展開
 第十章 下京惣町文書
  第三部 地域の都市民
 第十一章 上京一条小川界隈
 第十二章 下京岩戸山町
 第十三章 下京石井筒町記録から
  あとがき

 第一部のタイトルにも使用されている「都市民」については、「はじめに」において、「もっぱら商工業・交易に従事し」、「室町時代に京都の町に自治的な共同体を確立した『町衆』の系譜」につらなる京都の住民をよぶ、と規定されている。
 都市の地縁的・職業的共同体である「町共同体」は、中世と近世の都市史研究をつなぐ接点となるべきキー・ワードのひとつであるが、その成立に関わった京都の都市民の歴史を、平安京遷都から「町衆」の成立する室町時代後期、江戸時代初期まで通観しようと試みたのが本書である。
 具体的な考察の方法としては、御霊会などの都市的な祭礼や、都市民の史料上における多様な呼称に着目している。構成としては、第一部で平安京遷都直後から摂関・院政期までを中心として考察し、第二部ではおおよそ南北朝・室町時代を考察し、第三部では個別の町に則した考察を行いつつ、適宜近世以降についても触れる、という形になっている。
 本書の大きな特徴は、町共同体の成立を主導した都市民、いわば研究用語上の「町衆」に相当する存在として、南北朝・室町期の史料に見える「町人」を位置付けた点であろう。以下、「町人」の分析を主題とした第六〜九章を見てみたい。

 第六章では、もともと店棚をもつ商業座の構成員である「町人」が、そのまま社会的な信用を得て地縁的な町における代表者になっているとする。ただし、ここにおける「町人」は、あくまでも商業座構成員であることによる身分的な呼称にすぎず、地縁的な町を組織したわけではない、とされる。また、本章では町人と幕府侍所の関係が強調され、町人は侍所の保護下にあって町内自治の安定を図り、逆に侍所は町人組織を支配機構に組み込んだと捉えられている。さらに、天文法華一揆の後に町組が出現する前提として、「町人」間の連帯組織がそれ以前に存在していたことを想定している。
 第七章では、祇園会の山鉾を調進する主体として「町人」があらわれることを明らかにする。そして、山鉾の経済的な負担システム(敷地役に相当する区割り制)として整備されたのが「町」システムであり、「町人」はそのシステムに直接関わったものたちの組織であったと分析する。
 第八章では、「町人」とは異なる組織系統をもって町の自治をリードしようとする存在として「土倉衆」をあげ、法華宗寺院の「檀那衆」もまた、町人とは別個の行動原理を持つ存在であったことを述べている。
 第九章では、法華一揆の崩壊により、京都の都市民による自治の方式が「町人」組織の系譜を引く「町」体制に一本化された、とする。
 総じて、「町人」を、本来は商業座を背景とする身分的存在であり、かつ一種の「組織体」であるとみなす点に本書の独自性があると見なされよう。
 なお、町共同体や祇園会、法華一揆などに関する近年の研究動向に言及するところが少ないのが、若干惜しまれるところではある。
 
 
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