著者名:関東取締出役研究会編『関東取締出役』
評 者:高尾 善希
掲載誌:多摩のあゆみ」121(2006.2)

 「関東取締出役」(以下「出役」と略)は「八州廻り」ともよばれる。
 関東は幕府領・大名領・旗本領などの支配が細切れに錯綜している地域である。そのさまはよく「犬牙錯綜」(けんがさくそう 犬の牙の噛み合わせのように錯綜している)という言葉で表現されている。近世後期の関東に叢生した無宿・悪党は、その錯綜した支配をあちこちに渡り歩いて簡単に逃げることができ、幕府もなかなか取り締まることができなかった。出役はこの無宿・悪党取締まりの対策として文化二年(一八〇五)に設置された。おおむね諸支配に関係なく捕縛することが許され、それで「八州廻り」という。文政一〇年(一八二七)には地域にその下部組織として改革組合村が設置されている。
 出役は小役人にも関わらずとても有名な役人で、佐藤雅美『八州廻り桑山十兵衛』(文春文庫)という小説もあるように、通勤途中のサラリーマンにもお馴染みである。事実、江戸における町奉行の与力・同心と同じく、村むらにとって比較的ちかしい役人であった。近世の地域史研究分野でも、組合村論などをめぐって、出役・出役の関連事項をあつかったものに枚挙の暇がないほどである。しかしそれにも関わらず、出役の総体的な把握、たとえば役職の政治的役割や性格を丁寧に詮索したまとまった仕事が少なかった(たとえば出役の性格にたいする認識を問うた議論に吉岡孝「関東取締出役成立についての再検討」『日本歴史』六三一号がある)。
 今回その役割を負う本として『関東取締出役』が刊行された。二〇〇四年八月に江戸東京博物館で開催された「関東取締出役研究会」(代表、多仁照廣)のシンポジウムの記録を文章におこしたものである。ページ数が少ないとはいえ、二二〇〇円と安価であることはうれしい(最近は本がばかにたかくてうんざりしているから有り難い。また本書のようにソフト・カバーの軽い装丁にするのも重たくなくてよい。筋肉トレーニングするならまだしも、亀じゃあるまいし、本は固くなくてよい)。
 本書のメリットはおもにふたつある。ひとつは出役のもつ政治的役割や性格などの特徴を、創立期・確立期・変質期という三区分の時間軸にして表現し、それぞれ研究者が章をたてて論じ、出役の歴史のアウト・ラインを示してみせたことである。これによって、「出役」と一言でいっても、時期により特有な顔をもっていることが理解できる。ふたつめは出役に関する現在判明している情報、出役の人数や名前や関連論文などを収集したことである(巻末「天保期以降の関東取締出役一覧」「関東取締出役・改革組合村関係文献目録」など)。これらはたいへん便利なもので、今後の出役研究に大いに裨益するに違いない。
 内容は以下の通り。

田渕正和「関東取締出役設置の背景」
 評定所の実務と評定所留役
 在方取締りと公事訴訟処理の停滞
 在方取締りの限界と関東取締出役の設置
桜井昭男「文政・天保期の関東取締出役」
 設置当初の関東取締出役
 文政改革の流れ
 天保期の関東取締出役と改革組合村
牛米努「幕末期の関東取締出役」
 嘉永期の取締出役と組合村非常人足
 開港と関東取締出役
 文久期以降の取締出役
 関東取締出役の廃止
牛米努「関東取締出役の定員・任期・臨時出役・持場」
牛米努「天保期以降の関東取締出役一覧」
「関東取締出役・改革組合村関係文献目録」

 これで出役を語るうえでだいじな土台ができた。
 ただしこれは出発点にすぎない。村方や支配側の史料には彼らの活動を記した痕跡はまだ多い。制度史的な問題も大事だが、出役と村との社会的交流や、出役と博徒集団との関係(とくに、出役のつかう「道案内」にはアウトロー関係者が多く、さらにその手下もそのような人びとだったらしい)など、依然として興味深い問題が山積しているように思われる。
 というのは、本書で示された出役の特徴の変遷が何故おこったのか、その本質的な要因の所在は、単なる幕府の些細な人事的都合などにあるのではなく、当然のことながら、地域社会のおおきな構造の変化のほうにあるからである。「合戦場一件」などをみればそれはあきらかで、支配側と地域支配側が常に「追いかけっこ」をしていて、もちろんこの「追いかけっこ」は常に地域社会側がリードしている。したがっていくら出役のこと自体をこまかく詮索してもこの先には限界がある。ただその逆もしかりである。たとえば筆者は最近、多摩地域の博徒の史料を追っているのだが、本書で示された出役の問題もうまく位置付ける必要があると感じている。何れにしても支配と地域史とのリンクが次の課題であろう。
 今後もこの「関東取締出役研究会」の活動に学びながら刺激されたいものである。
        (たかお よしき 東京都公文書館)
 
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