著者名:平野栄次著『江戸前漁撈と海苔〈平野栄次著作集U)』
評 者:小川 博
掲載誌:「歴史研究」(2006年2月号)

さきの『富士信仰と富士講』(平成十六年一月)につづいて故・平野栄次氏の都市周辺の漁撈民俗の論考である。平野氏は日本大学医学部の事務長の職務のかたわら東京周辺の都市民俗の研究と調査に盡力されてこられたことは周知のことであったが、あらためて二冊の著作集にまとめられたことは民俗学の後学に資することは大きい。
 本巻には編者の一人、岸本昌良氏により、「平野栄次氏の研究生活−東京の郷土研究の一側面」「平野栄次年譜」「平野栄次業績一覧」がまとめられており、平野氏と交渉のあった筆者もはじめてそのくわしい研究生活として、まず品川区誌研究会、庚申懇話会、山村民俗の会、富士講研究会、富士信仰研究会にかかわられ、品川区、江戸川区、墨田区、江東区、大田区、北区の民俗調査の活動に参加され、とくに東京内湾漁業調査、東京都文化財審議委員に委嘱され、日大を定年のあと、文理学部にて講師として民俗学を担当されたが平成十一年二月十日、七十三歳にて逝去された。
 本書は、東京都の漁業、魚の捕採に関する習俗、旧大井御林浦(鮫洲)漁業聞書、舟をめぐる習俗、羽田沖・大田区糀谷地区・港区金杉地区・品川区浜川地区の漁撈習俗、魚の取引に関する習俗、海苔の取引に関する習俗、大森海苔習俗聞書の各章よりなっている。 特に東京都の漁業は東京内湾の漁業・海苔養殖、江戸川・多摩川などの河川での内水面漁業、伊豆諸島における漁業の歴史・習俗について報告されている。そして「海苔の取引に関する習俗」では江戸時代から海苔の生産をながくつづけていた品川における海苔の取引方法、昭和十年代の取引実態についての記述であり、「魚の取引に関する習俗」では御林浦での魚の取引方法、大正年間の取引代金の実態、明治・大正期の造船における「仕込船」の慣習などに関する注文等についての報告があり、「大森海苔習俗聞書」は大森浦における海苔の栽培・製造方法、衣服、食事、住居、年中行事、気象と予兆についての大部の報告である。
 平野氏の主要な研究主題は富士信仰であったが、漁業調査をするようになった契機は東京港の拡張にあった。昭和三十七年十二月に東京港拡張のために漁業権は放棄され、その特色でもあった海苔のことは今はほとんど消失させられてしまっている。そのために漁撈習俗の調査をになわれた平野氏の報告と記録は、現在ではほとんど確認することのできなくなった事例が多く、貴重な業績である。本書は坂本要、岸本昌良、高達奈緒美の三氏により編集されている。
◆推薦者紹介=おがわ・ひろし
 ながらく日本史研究論文の目録を主として『日本歴史』(吉川弘文館発行)に作成しているが・もともとは東洋史を学んだ。早稲由大学で教えていた。日本海事史学会、南島史学会の会員である。東京都豊島区の出身。
 
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