著者名:北原かな子・郭南燕編『津軽の歴史と文化を知る』
評 者:北原 かな子
掲載誌:「北海道・東北史研究」第2号(2005.12)

多国籍の視点による津軽
 2005年4月に、ニュージーランド南部ダニーデン市のオタゴ大学出版会から、Tsugaru:Regional Identity on Japan's Northem Periphery(University of Otago Press,2005)を刊行した。これは、日中英米の4ヶ国出身者による共著で、津軽地方の歴史や文化に焦点をあわせて日本のリージョナリズムの一面を英文で伝えようとした論文集である。本の内容は、その約一年前に出版となった『津軽の歴史と文化を知る』(岩田書院、2004)とほぼ同内容であるため、ここでは日本語版も含めて、若干の紹介をさせていただきたいと思う。
 日本語版および英語版に共通する内容は、以下の6人の執筆者による論文である。

一体の像から−大浦光信像と津軽氏− 長谷川成一
明治初期津軽地方のキリスト教文化受容 北原かな子
津軽の地方主義と国民国家日本 河西英通
長部日出雄の文学−津軽の独自性と普遍性との間− 郭南燕
津軽三味線−地方と国家、そして国際的空間を行き交うものとして− H.ジョンソン
津軽塗−地方工芸に対する国家の保護− A.ラウシュ

 最初の三論文は日本人研究者の歴史的視点による。冒頭の長谷川論文は、弘前藩主津軽氏の祖「大浦光信」とされる若武者像を通して津軽氏の先祖顕彰がもつ歴史的意義や津軽地方のアイデンティティについて論じたものであり、北原論文は、明治期の西洋文化受容をめぐって津軽地方文化の独自性や国民国家との相互関係について論じたもの、そして河西論文は大正期−昭和期の諸論説を読み解くことで、東北日本のもつ多元的な空間性と複雑な地域性から、津軽のアイデンティティや地方主義を論じている。
 続く三論文は津軽文化に関心を抱いた外国人の執筆によるもので、郭論文は津軽出身の現代作家長部日出雄の代表作を分析することで、長部文学、及び地方主義とナショナリズムを論じ、ジョンソン論文は津軽三味線が国際的空間に広がると同時に郷土性を強める両義性を持つことを論じた。最後のラウシュ論文は日常性と高級性との二義性を合わせ持つ津軽塗を通して、保護(パトロンネイジ)形態をめぐる地方と国家の関係性を論じている。全体として、「ナショナリズムとリージョナリズム」を共通テーマとして、それぞれの視点から津軽地方にアプローチしていることが特徴である。
 多国籍出身者によって構成されたこの企画自体は、もともと弘前大学とオタゴ大学との姉妹校提携の中から始まった。英訳及び和訳は、主に郭氏と北原が担当した。津軽地方に関して言えば、これまで日本語で書かれた本格的な論文集が英訳されたことはない。従って、英語版は基本的な用語をどうするかという翻訳上の問題、またそれほど日本文化の基礎知識がない英語圏の読者を対象にする際の、背景説明の問題などについて、南北半球をはさんで話し合いを重ねた。いかに離れていても、瞬時にして通信できるインターネット時代のありがたさを実感した。
 幸いなことに英語版は、これまでのところ、ニュージーランド大使館広報に取り上げられるなどの反響を呼び、出版元のニュージーランドだけではなく、アメリカやイギリス、またアジア各地の研究者からも好評を頂くことができて、ややほっとしている。特に「これまで単なる一つのワードであったTsugaruが、いかに豊かな文化の広がりを持つ地域であったのか、よくわかった」との感想が、アメリカ人研究者から寄せられたこともあり、非常に励まされる思いだった。
 日本の一つの地方の歴史や文化について、日英双方の本が出るということは、これまでもそれほど多くはなかったのではないかと思う。さらには論文集となると、一般向けの本とは違った困難もつきまとうことになる。しかし、英訳によって、より広い範囲の読者層を確保できることも確かである。この本によって、日本人や日本語に堪能な外国人だけではなく、より広い範囲の人々が、津軽の歴史文化や日本のリージョナリズムに関心を持つようになってくれればというのが、著者の一人としてのささやかな願いである。

 N.Guo,Hasegaws,H,Johnson,H.K.Kitahara.,A.Rausch,Tsugaru:Regional Identity on Japan's
Northern Periphery(University of Otago Press,2005)160頁、49.95(NZ $)

(きたはら・かなこ/秋田看護福祉大学)
 
詳細へ 注文へ 戻る