著者名:小栗栖健治著『宮座祭祀の史的研究』
評 者:橋本 章
掲載誌:「地方史研究」319(2006.2)

宮座という研究対象は、かつて歴史学や民俗学そして社会学ほか多数の研究者が協業し得る分野として注目され、実際一九六〇年代には年間数十を超えるタイトルの論文が発表され、その成果が世に問われている。しかしながら、近年の傾向を見るに「宮座」を命題とする研究動向は少なく、この分野に対する研究は収束に向かいつつあるようにも見受けられる。そうした中で、本書『宮座祭祀の史的研究』は、宮座をテーマに据えた研究論考集として、敢えてこの時期に刊行されたものである。当然、本書を出す際の著者小栗栖健治氏の姿勢には、時流に対する挑戦の意図が含まれているものと思われる。
 本書は、「第一部 村の祭祀」「第二部 荘園と郷の祭祀」「第三部 宮座論」の三部からなる構成となっており、第一部と第二部では宮座の事例に対する史料と現況からの分析が、それぞれの事例について細部にわたるまでの検討がなされ、つづく第三部には、それら事例の分析から導き出された論考を基礎として、小栗栖氏が独自の宮座論を展開している。
 本書において小栗栖氏は、これまで先学が取り組んできた宮座研究の成果を分析し、宮座を、祭祀組織としての宗教的機能と共にその特権性に起因する社会的機能が存在するものと位置付け、この「二つの側面をもつ宮座は、村落の宗教生活とその階層構成を分析するための有効な一手段であると同時に、中世社会における村落文化の展開の解明に重要な意味を持つと考えられる」(三二三頁)と述べて、まずその学問的意義を提示している。
 そして、小栗栖氏は本書の中で、宮座に対する研究手順として「社会情勢によって宮座の組織や構造が変容し、また質的変化を迫られるのは、その社会的機能を考えれば歴史的必然といえる。とすれば、宮座における座衆の拡大や座数の増加などの形態変化は、村落構造の変化に密接に結びついて起きたものであり、その関係を追究することによって宮座の変遷過程を具体的に跡づけ、歴史的意義を明らかにすることが可能となろう」(四頁)との見通しを立てている。
 小栗栖氏の研究の特徴は、文献史料の精査もさることながら、その詳細な事例分析にあると思われる。特に氏が本書において研究テーマとする宮座に関しては、現状でも民俗事象として宮座の形態を色濃く残す事例を幾つか確認することができ、これらと史料に記載された内容との比較検討や融合は、宮座の全体像を把握するうえで大変有効な手段と考えられるのだが、氏はそうした自身の研究手法の特性を本書においてもいかんなく発揮している。例えば近江の堅田大宮の事例や、同じく近江の大宝神社の事例などについてなされた、現況の祭祀形態等を十分におさえた上での史料分析には読む者に臨場感あふれる事例を感じさせてくれる。そして、特にかつての仰木庄域で展開される祭祀に関しては、事例と史料双方の詳細な検討によって、「宮座の重層性」という重要な課題を明確化させている。
 本書の中で特に目を引くのは、第三部第一章「惣村宮座の歴史的変遷」に示された宮座の変遷過程とその時代的位置付けについてである。氏は宮座の変質過程を四段階に分類し、十三世紀中期に「名主」宮座が「村人」を座衆とする「村人」宮座となつた時点が、惣村宮座の出発点たる第一期とし、十四世紀前期の惣村の成熟によって「おとな」など惣村の組織と重複する宮座形態が整備される確立期を第二期、村落の階層分化が激化し惣村が弱体化した十五世紀後期を惣村宮座の変質期の第三期とする。そして、第三期に現れる「村人」という中世的身分の動揺が戦国期の動乱のなかで決定的となり、新たな近世的身分秩序へと再編成されていく中で、中世の惣村宮座が終焉を迎え近世的な宮座へと変質して行く十六世紀後期をその崩壊期と位置付けている。
 捉えようによっては大胆なこの分析について、氏は「ただし、こうした惣村宮座の発展過程の図式には、強大な荘園領主や在地領主、あるいは在地土豪の連合の存在が見られず、惣村形成の進展がある程度純粋な形で行われた地域という前提条件が考えられる。」(三四一頁)との付帯条件をつけてはいる。このことは、今後の宮座研究においては、取り上げる事例の地域的特性について深く考慮すべきであるとの指摘とも受け取れる。
 本書のむすびにおいて、小栗栖氏は「当初宮座の組織やその特権の分析に終始した研究が多かった歴史学の分野では、近年になって家の成立と家格制の問題などとの関わりが論じられており、これまで積み重ねられてきた宮座研究の成果が結実しつつあると見られる」と述べ、「歴史学における宮座への関心が座的構造論に向かったことを考えれば、家格制、家名、家産を継承する家の成立が重要な論点となるのは、必然的な流れであった」(以上三九五〜三九六頁)と分析する。
 本書は、低迷する宮座研究の現状に新たな光をあて、再び歴史学や近接諸学がこれをテーマとして取り組む必要性を認識するべく集成された野心的な論考と言えよう。本書を一読し、小栗栖氏より委ねられた問いに応えることは、ひいては歴史学の発展に大きく寄与することになるだろう。
 
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