著者名:河西英通・浪川健治・M.スティール編
  『ローカルヒストリーからグローバルヒストリーヘ−多文化の歴史学と地域史−』
評 者:河西 英通
掲載誌:「北海道・東北史研究」第2号(2005.12)

本書は日本人研究者7名と非日本人(外国人)研究者9名が集って日本の地域史研究の展望を個々に、しかし共通に語った論文集である。もはや国際的な共同研究それ自体を大騒ぎするような時代ではない。昨今の日本史研究の多国籍化も著しい。講座物やシリーズ物で、執筆者がオール日本人という方が珍しいのかもしれない。ただ、本書のように「地域史」という領域と方法論に限定した国際的な共同研究は、それほどないだろう。
 正直言って苦労した。「あとがき」にも書いたが、少し、経緯を振り返ってみたい。私が以前から「目」をつけていたM.スティールさん(国際基督教大学)にお会いしたのは、田中彰先生が編者となられた論文集の出版祝賀会(新橋のてんぷらや)の席上である。スティールさんは「地方主義」をキーワードに明治維新から近代国家への形成過程を論じていた。これが私には無性にうれしかった。同じように「地方主義」を視角に日本近代史を構想していたからである。すぐに意気投合した。スティールさんの研究スタンスはもとより、その人柄が後述するD.ハウエルさん(プリンストン大学)を彷彿とさせた(スティールさんの方がかなり年長だが)。私たちはその場で共同研究の推進に合意した。実際、いろんなシンポジウムを企画し、あちこちの財団に申請もした。そのうち、本書の執筆者の一人であるP.ブラウンさん(オハイオ州立大学)にも手伝ってもらい、アメリカでも資金獲得運動を試みた。
 しかし、研究費をゲットするのはむずかしいものである。このころ、私から国際シンポジウムに関して声をかけられた会員の方もいるだろう。結局、空手形になってしまったことを深くお詫びする。動きがとれなくなったとき、スティールさんと相談して、まずは共同論文集の出版でいこうではないかと計画を変更した。なるべく、多くの執筆者を日米から集めようということになり、人選を進めた。二人とも基本的には近代史専攻なので、近代史中心にしようとも思ったが、近世史を入れなくては地域史のダイナミズムはとらえられないということになり、畏友浪川健治さん(筑波大学。ふだんはこう呼びませんが)を引きずり込んだ。浪川さんとの付き合いは30年余にもなる。共通の知り合いにも執筆を依頼することができた。出版元は岩田書院にご無理願った。
 こうして近世から近代、さらに現代(戦後)までをも通した計16本の国際共同論文集がスタートした。これだけの論文数はそうはないと思う。しかし、問題は英語論文の翻訳だった。この苦労はやってみないことにはわからない。翻訳それ自体がすでに文化であるが、同一のフィールドと時代を取り扱っていても、発想や視点の違いは大きい。それらを含めて、英語を日本語に直すことは実に難しかった。これだけ国際化が進んでいながら、「互換性」はきわめて低い。専門用語の日米対照表などがいかに求められていることか。こうしたハードルを突破しないことには、日本史は科学以前である。日本史なんだから、日本語で書け、とは言えないのである。日本語でも英語でも表現できなければいけない。英文学者でも、翻訳家でもないので、集団作業でなんとか乗り切った。執筆者からほめられた訳もあったことをちょっぴり自慢したい。
 ともあれ、結局、翻訳作業に手間取り、刊行時期は予定を越えた。私は2005年3月から7月いっぱいまでアメリカへ行ってたので、最終作業はスティールさんと浪川さんががんばってくれた。三人の編者がメリハリをつけながら、リレーのランナーさながらになんとかバトンを落とさずに完走できたというのが実感である。
 さて、最終盤に私は遠く海の向こうからメールでお二人と連絡を取り合っていたが、在留先のプリンストン大学ではまさに国際的な日本史研究の交流にどっぷりつかっていた。20数年前北大に留学していたハウエルさんとは長い付き合いだが、私たちの趣旨にも大いに賛同し、本書にも寄稿してくれた。中世史のM.コルカットさんも精力的に日本人研究者との共同研究を進めている。近代史のS.ギャロンさんの論考を複数のアメリカ人研究者が引用している。つまり、本書の地域史へのまなざしは広く、アメリカにおける先端的な日本史研究のコアと連動しているといってもいい。今後のアメリカでの反響が楽しみである。
 本書の内容紹介をほとんどしてこないまま、紙数が過ぎた。まずは目次をご覧になっていただきたい。このライン・アップに惚れた方は、ぜひお買い求めいただきたい。そして、あらたな知的創造のステージに上がってきていただきたい。
 一つだけ、心残りがあるとすれば、本書を私と浪川さんの共通の師である沼田哲先生(青山学院大学)の生前に完成できなかったことである。本会も東京でのシンポジウムの開催などで、沼田先生にはお世話になった。あらためて、生前のご恩に感謝するとともに、編者の一人として、本書を天上の先生に捧げたい。

 
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