著者名:歴史資料ネットワーク(史料ネット)編『平家と福原京の時代』
評 者:谷口 榮
掲載誌:「地方史研究」318(2005.12)

平家の栄華を映した福原について『平家物語』は、「春は花みの岡の御所、秋は月みの浜の御所、泉殿、松陰殿、馬場殿、二階の桟敷殿、雪見の御所、萱の御所」など、四季折々の風情を楽しむ施設が設けられていたとは伝えている。しかし、盛者必衰の理の如く、平家の栄華を映した福原は今に伝えられておらず、歴史の中に記されているに過ぎない。内裏や兵庫津を含め、平氏の館がどのように配置されていたのかについては、先の『平家物語』や『方丈記』『山塊記』などから地形と合わせて類推するしか術がなかった。
 ようやく近年になって平家の都福原やその周辺部の様子が徐々にではあるが、発掘調査によってその実態が考古学的にも明らかになろうとしている。現在の兵庫区や中央区は、北に福原、南に兵庫津が広がる地域と考えられており、この地域に所在する楠・荒田町遺跡や祇園遺跡から発見された遺構・遺物などの考古資料が注目されている。
 二〇〇三年に行われた神戸大学医学部附属病院の立体駐車場工事に伴う埋蔵文化財調査によって平家一門の屋敷とそれを取り囲む二重の壕の存在が明らかとなり、各方面から注目を集めた。本書は、考古学、文献史学、文学それぞれの観点から、この遺跡の歴史的な意味を明らかにしようと二〇〇四年一月に開催されたシンポジウム「平家と福原京の時代」の記録である。
 本書の構成は以下のとおりである。

  本書を読まれる皆様へ(奥村 弘)
  本シンポジウムのねらいと構成について(高橋昌明)
  楠・荒田町遺跡の調査(岡田章一)
  本皇居・新内裏の位置と祇園遺跡(須藤 宏)
   質疑応答
  福原遷都をめぐる政情(元木泰雄)
  福原の平家邸宅について(高橋昌明)
  文学から見た福原遷都(佐伯真一)
   討論
  「楠・荒田町遺跡」保存運動の経緯と本書出版にいたる経過(松下正和)

 本書の内容を少し紹介すると、まず二〇〇三年度に行われた楠・荒田町遺跡の調査で、二本の溝が東西方向に平行して構築されている様子が確認されている。時期的には、二本とも十二世紀後半から十三世紀前半にかけてのもので、福原時代に属している。興味深いのは、同時期に近接して機能していた二本溝は、南溝の幅が一・八m、北溝の幅は二・七mと北溝の幅の方が大きく、断面の形状は、南溝はU字状、北溝はX字状を呈し、まったく異なった形状・規模をしていることである。
 この二本の溝については、平泉の柳之御所や阿津賀志山の防塁などとの共通性も含めに重壕など軍事的な機能の面から解釈する考えや、三重県雲出島貫遺跡で伊勢平氏の居館と考えられるところから発掘された二本の溝と類似することから、屋敷地と屋敷地外を区画する溝と、屋敷を区画する溝とする考えなどが示されている。楠・荒田町遺跡の二本の溝も居館にともなうものと考えられており、双方とも平氏の居館とされることから、二本の溝は平氏特有の構築法とする指摘もなされている。また、このような二本の溝で区画された内外の空間を造り出すのは権威の象徴との見方も提示されるなど、討論でも、その性格、機能について様々な意見が出され、大きな盛り上がりを見せている。
 祇園遺跡では、瓦の出土状況に偏在性が認められることが調査者から指摘されている。この場合の偏在性とは、瓦が出るところと出ないところが明確に分かれ、出るところも瓦がまとまって出土し、それも軒瓦が非常に多いという片寄りを見せていることである。通常の寺院跡の発掘では、出土瓦の主体は丸瓦や平瓦で、軒瓦は非常に少ない。この遺跡での瓦の在り方は、総瓦葺き建物ではなく、棟の部分のみ瓦を葺く和風の建物であることを示していると考えられている。また出土瓦の製作地を分析すると、地元の播磨産と山城産が確認できる。当時瓦の一大消費地である平安京では地元の山城産と他地域の瓦が供給されているが、逆に山域産は他地域へは供給されていないことが判明している。このことを踏まえ、祇園遺跡での山城産の瓦の出土は、平安京の瓦などの建物部材を福原に運んで使用したと記されている『方丈記』の記述との関わりが注目されている。
 この他、楠・荒田町遺跡から検出された櫓と考えられる十二世紀後半以降に属する二間×一間の掘立柱建物や、祇園遺跡の入念に埋め込まれた湯屋との関わるものと思われる大型の滑石製容器片など興味深い資料が紹介されており、詳しい内容は直接本書にあたられたい。

 本書を編集した歴史資料ネットワーク(史料ネット)は、阪神淡路大震災直後に被災地で活躍されている研究者や史料館博物館職員、地域の歴史研究者などによる歴史資料の保全活動から生まれた団体で、本シンポジウムも震災以来の史料ネットの活動を展開する中で、新たに取り組まれた遺跡の保存運動の一環として企画されたものである。その経緯や、その後の歴史文化に理解を示した大学側の配慮によって遺構の破壊という事態が避けられたことなど、遺跡調査と学際的な研究、遺跡保存という一連のドキュメントがブックレットという形で収められている。単なるシンポジウムの記録というものではなく、調査研究と文化財の保護の両輪を備える地域を舞台とした歴史研究の最前線を本書に見ることができる。
 
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