天野 武著『狩りの民俗』
評者・永島政彦 掲載誌・日本民俗学220(99.11)


著者は、これまで狩猟習俗について多くの論考や報告を発表している。本書は、それらの中から九偏を収録し、豊富な事例に基づく論考である。「狩りの民俗」と大きなタイトルが付けられているが、七章で構成される本書は、六章までが野兎に関わる習俗を中心にまとめている。マタギに代表される職業的猟師や大型獣の捕獲に関する狩猟習俗の研究は、これまで多くの蓄積がある。本書は、捕獲の機会が多く、より身近な獣である野兎に的を絞ったものとして特色を持つ。従来あまり注目されなかった習俗を取り上げ、新たな視点を提示するもので、著者のこの分野における成果のまとめということができる。
第一章から第四章は、猟師の目からだけでなく、生活の場から野兎を捉えようとしている。第一章は、野兎の異名であるカル・オチモンといった言葉を端緒に、狩りという行為の範囲や目的についての論考である。第二章は、ものを振り回す威嚇猟法について、東北から九州まで各地の具体的な事例を集成した。ものを投げる猟法とともに、このような猟法が存在したことは興味深い点である。第三章は、野兎の足跡に関わる伝承を整理し、猟においてその所在を探るため足跡が重要視されていたことを指摘した。第四章は、ナガッチョロ、ツヤメッコ、オソイモンといった各地の野兎の異名の中に、人々との関係や野兎に対する意識が見られることを指摘した。
第五章以下は、狩猟行為そのものではなく、獲物と人々の関わりについて述べている。第五章では、熊狩りのムラで、獲った熊に子どもをまたがらせる習俗について報告した。猟果をムラ人が見に来る熊見や熊と妊婦をめぐる習俗との関わりなど、広い範囲から狩りの習俗をとらえようとしている。第六・七章は、白山麓において野兎の利用が日常生活の細部に入り込んでいたことを詳細に報告している。野兎を骨ごと叩き潰して調理する骨団子から、冬季における山村の食生活の一面を報告した。また、野兎の手足が、掃き取り、遊技、化粧、縫い針、呪具などの用途に用いられていたことを報告し、野兎が人々の生活のざまざまな場面に組み込まれていることを明らかにした。
野兎を通してみた「狩り」という行為は、山村の人々にとってより身近なものであったことがわかる。直接獲物に対峙する猟師だけでなく、獲物を通して狩りにつながる人々の存在を浮き彫りにしている。「狩り」習俗の範囲や生活の中における「狩り」の位置づけを改めて問いかける一書である。

詳細へ 注文へ 戻る