書誌紹介:正木喜三郎著『古代・中世 宗像の歴史と伝承』
掲載誌:「日本歴史」690(2005.11)
評者:山口 隼正

本書は、十余年前に大著『大宰府領の研究』(文献出版、一九九一年)を出した著者正木喜三郎氏にとって、第二の論文集−著書だといえる。本書の構成は、つぎの通りである。

 序文               川添昭二
  第一編 古代の宗像
 第一章 宗像三女神と記紀神話
 第二章 宗像の海人
 第三章 武内宿禰伝承
 第四章 筑紫胸形君
  第二編 中世の宗像
 第一章 大宰府の変質と宗像氏
 第二章 大宰府府官宗形氏
 第三章 宗像清氏伝説
 第四章 宗像妙忠
 第五章 宗像社領
 第六章 平家伝説
 第七章 筑前国野坂別符と輸入陶磁器
 第八章 田野別符
 第九章 宗像の海と大宮司
 付論一 宇都宮信房
 付論二 梶取の神事史料
 付論三 宗像大卿と宗像御大将
 別編 宗像中世史の問題点
 後記              桑田和明
 初出一覧

 この末尾の「初出一覧」によれば、本書に収録される論考は、一九八〇年(「別編」)〜九五年(「付論3」)に亙っており、いずれも著者の東海大学文学部在職中に公表されたものだといえる。また本書の編集は、丁寧な「序文」と「後記」に事情が記されているように、著者の先輩・川添昭二氏と教え子・桑田和明氏の尽力により成された。
 そもそも福岡県地域の古代中世史料については、伊東尾四郎編『福岡県史資料』一二巻(福岡県、一九三二〜四四年)以後、県規模の史料集は一向に刊行されていないが、史料が宗像大社(−神社。福岡県宗像市)と太宰府天満宮(太宰府市)に極めて集中しており、この両社関係の本格的な既刊史料集や研究は抜群に多い。正木氏の研究成果−著書(前記二点)もその一翼を担ったものだといえる。太宰府天満宮からは、竹内理三・川添昭二編『大宰府・太宰府天満宮史料』一七冊が刊行された(一九六四〜二〇〇三年)。
 一方、宗像関係だが、伊東尾四郎氏が当地宗像出身で福岡県最初の東京大学国史科卒業生(明治二九=一八九六年卒で黒板勝美氏と同期。九州大学国史科初代教授長沼賢海氏より十一期先輩)、また長く福岡県立図書館長を勤め、前記『福岡県史資料』と並行して、ほぼ同時期に『宗像郡誌』を刊行した(三冊、一九三一〜四四年)。この中核は宗像大社所蔵史料であり、宗像史研究の基礎を築いた。戦後になって、宗像大社から『宗像神社史』(三冊、一九六一〜七一年)が刊行されたが(宗像神社復興期成会−会長は出光興産社長出光佐三氏−発行)、これは、編纂委員長が小島鉦作氏であり、さすがに全国的に見て質量両面から神社史研究の白眉だといえる。以後の宗像史研究は、概してこの『神社史』を土台にして、その叙述〜内容について詳細な検討がなされたもので、その代表的なものが正木氏による研究−本書である。
 そして宗像大社所蔵文書は相次いで国の重要文化財に指定された(宗像神社文書八巻−一九六三年、宗像社家文書惣目録−七八年など)。また『宗像神社史』刊行の趣旨を受けて、先年(一九八四年)『宗像大社文書』編纂刊行委員会が組織され、小島鉦作氏(顧問)の推薦により川添昭二(委員長)・瀬野精一郎・山口隼正が委員となり、小島先生に同行して現地の宗像大社に参拝した。現在まで一巻(一九九二年)、二巻(一九九九年)が刊行された。
 ここで、あらためて正木氏の今回の本書『古代・中世 宗像の歴史と伝承』を見よう。まず本書の「第一編」各章と「第二編」第三章・第六章は、宗像関係の古代や“伝承”について、前記『神社史』以後の諸研究成果を十分に採用して再検討された叙述だが、私にとっては真に有難かった。うち「第一編」第三章は、『神社史』からの引用はなく、著者自身の関心による論考だといえよう。私は、特に『宗像大社文書』一巻では断簡文書、二巻では「宗像社家文書惣目録」を担当させられ、該当文書の検索や原文・原形の想定(〜復原)などに努め、かえって当社の祭神(宗像三女神)や伝承について詳しく調べる余裕はなかった。社寺関係の史料調査〜編纂に際しては、あくまで祭神・本尊が最も重要な存在(信仰の村象)で留意すべきだと、正木氏の論考を読み再認識させられた。「第二編」で筑前国高田牧(第四章)や野坂荘今犬丸名(第七章)についての多面的な考証、「付論三」で「宗像御大将」=斯波氏経(鎮西管領)との指摘などは、とても興味深い。
 正木氏の本書は、関係の研究論文などを博捜、それを史料解釈に生真面目に活用し、また土地勘をもって、現地−宗像地方に愛着をもちつつ成されたものだと読み取れる。そして本書に、桑田和明「中世における筑前宗像社と浦島」(『九州史学』九一号、一九八八年)の引用が散見されるが、桑田氏(福岡県立図書館勤務)は、前記のように本書の編集・校正に尽力し、正木氏のかつて(県立宗像高校教諭時代)の教え子であり、近年『中世筑前国宗像氏と宗像社』(岩田書院、二〇〇三年)を上梓し、右の論文も同書に収録されている。概していえば、正木氏の本書は古代〜中世前期を、桑田氏の同書は中世後期(南北朝〜戦国期)を扱っており、ここに師弟により、宗像史研究は一画期を成し、一応完結した。
 私自身、随分長い期間のこと、週一回は正木氏に直接お会いでき、いろいろお世話になった。共通の恩師・箭内健次先生(日欧交渉史)とのご縁で、正木氏は宗像高校から東海大学文学部に移り(東海大学在職一九七五〜九七年)、私は前職(史料編纂所)時代にそこでの非常勤講師のお誘いを受けた(非常勤一九七七〜二〇〇〇年)。小田急線で東海大に出掛けた際、現地の宗像や沖ノ島の話をしたり、開設当初の東海大学病院に入院されたとき病室に訪ねると、病院食に馴染めないと聞かされたりしたことなど思い出すが、何しろ常々、知的生産に努め、快活に文献−論文などのコピーに精出しておられたことが印象深い。            (やまぐち・たかまさ 長崎大学教育学部教授)

 
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