書誌紹介:杉浦邦子編著『土田賢媼の昔語り−口から耳へ耳から口ヘ−』
掲載誌:「女性と経験」30(2005.10)
評者:小池 ゆみ子

 杉浦邦子氏は一九九三年秋、山形県最上郡真室川町の語り手土田賢さんに出会い、賢さんが八十歳で亡くなるまでの十年間の交流を通して、この地に伝えられた昔話や多くの想い出話を賢さんの口から聞いてきた。そして聞き手として賢さんから聞いた昔話を、杉浦氏は語り手として子どもたちに語っている。
 本書には賢さんの昔語りと人生を受け止めて残し、さらに次世代に語り継いでいきたい賢さんの昔話を、共通語に換えて載せてある。しかも、それらを記録するだけでなく、賢さんの語りの特徴の研究も記されている。最後に発表済みの論考が二編に収めてある。
 以前から真室川町の多くの語り手の方々との交流があった杉浦氏は、会員の野村敬子氏の勧めで、賢さんの昔話を初めて聞いたとき、その語り口に魂が揺さぶられるような興奮を覚えたという。その感動は、二人の個人的な関わりだけに留まらず、主宰する「ふきのとう」の仲間の方々と、真室川町の語り手の方々との交流へと進んでいる。
 賢さんの個性に魅かれた杉浦氏は、こうした交流とは別に個人的に賢さんの歩んできた道も聞いている。杉浦氏がまとめた賢さんの一代記は、真室川町の美しい自然の中で、汗を流し力強く生きる人々の生活の情景が細やかに綴られている。
 賢さんから伝え聞いた声を文字に記録するとき、杉浦氏は語りを動態として捉えようとした。そのために賢さんの特徴としての語りの強弱、リズムはもとより、語りの場を生き生きと表現しようとする、いろいろな試みがなされている。こうした試みが、日常のおしゃべりと昔語りの異なりへの研究へと続いている。
 賢さんは昔話だけではなく、うたむかしや長念仏の由来、数え唄なども語っている。これらは採譜もされている。
 このように昔話の資料集として丁寧に残す一方、杉浦氏は賢さんの昔話の三話を共通語に換えた。そしてご自分が生活する場所で、ご自分の言葉で子どもたちに語っている。それを、賢さんから「“私が聞いた通りに語った”ものである。」として載せている。そこに賢さんの昔語りを伝えたいという使命感と、語りを聞いたときの感動をも子どもたちに届けたいという思いを感じる。語り継ぐことは人と人とを温かく繋ぐことも教えている。
 賢さんは昔語りについて多くの言葉を残しているが、小学生を前にして「鉛筆も紙もねぇどぎ、口から耳、耳から口って、たっと伝わった昔だけ、おれのは本物だけ、ずほでねえぞ」と話したという。このような賢さんの思いを受け取った杉浦氏が「口から耳へ耳から口へ」という言葉を本書の副題とした。賢さんが語ったこの言葉を、お孫さんが筆で書かれて、本書の表紙を飾った。
 賢さんの口から語られた昔語りが、杉浦氏の口を通して次の時代へと語り継がれていく中、杉浦氏が賢さんから学んだことの集大成ともいえる本書には、土田賢さんへの鎮魂のお気持ちが感じられる。

 
詳細へ 注文へ 戻る