書誌紹介:鈴木勇一郎著『近代日本の大都市形成』(近代史研究叢書)
掲載誌:「日本歴史」688(2005.9)
書評:老川慶喜

 近年、日本近代史研究においては都市史研究が盛んであるが、本書は近世以前の構造を引き継いだ東京と大阪が、「大東京」「大大阪」を形成していく過程を具体的に明らかにし、近代日本における大都市形成の歴史的な意義を考えてみようとしたものである。本書は、著者の学位論文を大幅に加筆したものであるが、初出論文は一九九八年から二〇〇二年にかけて発表されている。つまり、著者は新進気鋭の歴史研究者であるが、わずか五年の間に本書の原型(博士論文)を作ったことになる。著者の精力的な研究に、まずは敬意を表することにしたい。
 著者によれば、日本における近代都市の成立過程は、@第一期・明治初〜明治三〇年代(一八七〇〜一九〇〇、近代都市への移行の時代)、A第二期・明治三〇年代後半〜昭和一〇年代前半(一九〇〇〜一九四〇、近代大都市形成の時代)、B第三期・昭和一〇年〜昭和三〇年(一九四〇〜一九五五、戦災と復興の時代)、C第四期・昭和三〇年〜昭和末年(一九五五〜一九九〇、国土計画の時代)の四期に時期区分できる。本書では、このうち第二期の近代大都市形成の時代に焦点が合わされている。本書は四部・一一章から構成されているが、その特色としては東京と大阪の大都市形成を個々に論じるのではなく、時期区分を優先させて交互に論じているという点を挙げることができる。というのは、著者が「東京と大阪がそれぞれの特質を持ちつつも、ほぼ同時進行的に近代大都市へと成長し展開していく過程を描き出す」(二二頁)ことに力点を置いていたからであった。
 第一部「近代都市への転形」は第一期の時期にあたり、「大阪における近代都市の成立と築港問題」(第一章)、および「東京市区改正と交通問題」(第二章)で構成されている。ここでは、近世都市の姿を色濃く残す明治初期から近代都市へと変貌を遂げていく姿を、大阪では築港問題、東京では市区改正事業を軸に描き出している。ただし、この時期の都市開発問題は、国家的規模の首都政策や地域開発政策と密接な関係にあり、都市政策独自の課題として捉えられていたわけではなかった。しかし、東京では明治二〇年代後半から都市問題が現れ、大阪でも明治三〇年代後半から都市の急激な膨張に悩まされるようになった。
 第二部「「郊外生活」と「田園都市」」と第三部「近代大都市の形成と展開」は第二期の近代大都市形成時代の分析にあてられ、本書の中心部分をなしている。第二部は、「明治末期大阪天下茶屋における郊外住宅地の形成」(第三章)、「私鉄による郊外住宅地開発の開始と「田園都市」」(第四章)、「明治後期における都市東京の変容と「田園都市」の登場」(第五章)からなっている。明治三〇年代以降になると、都市の膨張に伴い「郊外生活」が登場し、その規範として「田園都市」の実現がめざされたが、第二部では田園都市の実現がめざされていく過程が大阪では南海鉄道、阪神電鉄および箕面有馬電軌(阪急電鉄)などの私鉄沿線、東京では田園調布や桜新町などの郊外住宅地を事例に興味深く描かれている。この時期に、都市交通機関の整備に伴い、市内への通勤を前提とする「郊外生活」が成立したのである。
 第三部「近代大都市の形成と展開」は、「大阪市区改正委員会と高速鉄道計画の形成」(第六章)、「大阪における区画整理の展開と都市形成」(第七章)、「「大東京」概念の形成と国有鉄道の動向」(第八章)、「近郊農村の都市化と宅地開発」(第九章)の四章からなり、都市膨張に直面した大都市における都市計画の構想と、それを可能にした都市鉄道の整備と郊外での対応が考察され、交通機関の動向と都市計画や都市政策との関連が検討されている。交通機関の整備に伴いながら、「大東京」「大大阪」の構想が練られ、沿線の住宅地開発が進捗し大都市形成が進んでいくのである。
 第四部「近代大都市の変容」は第三期の戦災と復興の時代にあたり、「地方計画・国土計画の登場と都市大阪の変容」(第一〇章)と「東京緑地計画と地方計画」(第一一章)の二章からなっている。ここでは、昭和一〇年代における大都市の変容が戦時体制と絡めて考察されている。大阪では、都市としての拡大が都市計画の変容をもたらし、田園都市的な地方計画から次第に統制色の強い国土計画に親和性をもつようになる。東京でも、都市計画や地方計画は、国土計画の中に取り込まれていった。
 このように本書の特徴は、これまでの近代都市史研究が政治構造などの「内的な側面の分析」に比重が置かれてきたのに村し、「都市の空間的拡大を中心とする外的構造の形成とその変化の過程を明らかに」(一七頁)することを目的としている点に見出すことができる。そのため本書では、東京および大阪の大都市形成の過程を明らかにする際に、関一の都市計画や震災復興計画、省線電車や郊外私鉄などの都市交通機関、さらには郊外住宅地の開発などが重視されている。とりわけ、第八章では「大東京」の概念が、実は国有鉄道による都市交通網整備計画の中で形成されてきたとされており、大都市形成が交通機関の整備と大きくかかわっていることが明らかにされている。端的にいえば、本書は大都市形成の過程を「空間」史的に明らかにしたものといえる。
 著者がこのような課題を設定し、短期間のうちに大著をものされたのは、緻密な研究史の整理があったからである。著者は、近代日本の都市史研究を歴史学や経済史学、あるいは都市論などの分野にとどまることなく、建築史をはじめとする工学系の研究にも目配りをしている。そして、工学系の研究を「外的景観から近代都市の歴史像を描き出」すものとして注目し、「今後郊外に形成されたこの空間が日本の近代大都市に有した意味を明らかにしなければならない」(一四頁)と自らの研究課題を発見したのである。
 このように、本書は東京と大阪を事例に日本における大都市の形成過程を、「空間史」的に描き出したものとして高く評価できる。都市史研究の中に「空間史」といった領域を見つけ出し、その意義を明らかにしたのである。しかし一点だけ苦言を呈すれば、第一部から第四部までの各部ごとの概要をもう少しまとめて提示していただきたかった。そうすれば、本書の論旨はさらに明快になるのではないかと思われた。本書は、四部構成を採っているにもかかわらず、なお一一編の論文をまとめた論文集という印象が強いのも、各部ごとの整理がなされていないからであるように思われる。
                 (おいかわ・よしのぶ 立教大学経済学部教授)


 
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