書誌紹介:下野敏見著『御田植祭りと民俗芸能−隼人の国の民俗誌U−』
掲載誌:「日本民俗学」243(2005.8)
評者:吉川祐子

 本著は『隼人の国の民俗誌T』の『田の神と森山の神』に続くUで、隼人の国の祭礼・民俗芸能編である。祭礼と芸能の豊富な隼人の国の民俗文化を著者の長年のフィールドワークから紹介し、ヤマト(本土)文化圏と琉球文化圏との比較、あるいは韓国や東南アジアヘ目を向けての交流を模索した一書である。構成は三編に分かれ、それぞれ次のような内容で南九州とその周辺の離島の事例を紹介し分析している。

 第一編 御田植祭り
宝満神社の御田植祭り・新田神社の御田植祭り・日向田代神社のオンダ祭り

 第二編 祭礼と行事
大隅半島の御崎祭り・薩南知覧の御船歌と家粥祭り・先祖が二度来る島から・隼人の国の内侍舞いと内侍神楽・上甑島の内侍の衣装・隼人の国加治木のくも合戦・隼人の国の水車カラクリ

 第三編 歌謡と民俗芸能
南日本御船歌の研究・隼人の国に咲いた花、アケスメロ・隼人の国の芸能の発生と意義・塗木やんせ踊り考・琉球国フェーヌシマ踊りと隼人の国の棒踊り

 第一編では、日本南限の御田祭りとして、種子島・薩摩・日向の芸能を紹介し、その特色と共通性を明らかにする。第二編では、おやだま祭りやくも合戦、水車カラクリといった当地ならではの祭礼や行事の紹介と分析である。第三編では、御船歌の南日本的展開、太鼓踊りや棒踊りの沖縄県と鹿児島県、あるいは韓国との交流にまで言及しての分析と、興味尽きない内容である。それぞれの論考は、問題提示・資料紹介・資料分析・まとめと考察と、オーソドックスな論考形式で綴られ、しかも、比較の大切さを説いて著者の研究姿勢を明確にしている。思い入れが強すぎて、報告なのか論考なのか不明瞭な芸能報告をよく見かけるが、本著では正確な紹介という著者の姿勢が読みとれ、当該地調査の経験のない者にはありがたい一書である。
 本書を読みながら、知覧の水車カラクリの舞台を見学したことを思い出した。祭礼日ではなかったために、人形操作の説明だけを聞いた。その現地を思い出しながら、目前にあたかも舞台があるかのような臨場感のある説明にひととき楽しませていただいた。こうした細やかな記述は、フィールド調査を重ねた著者ならではのもので、なかなか余人のまねのできるものではない。隼人の国の民俗芸能調査には是非携えたい一書である。
 
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