書誌紹介:松原武実著『奄美加計呂麻島のノロ祭祀』
掲載誌:「民俗文化」6(2005.8)
評者:浅野博美

 本書はタイトルにあるように、奄美大島の加計呂間島に加え請島・与路島でのノロ祭祀とそれに関連する諸行事や遺跡・遺構に関する調査報告である。その報告はこの3島の全有人集落33を網羅している。
 専門が九州・奄美・沖縄の民謡・芸術の研究である著者がノロ祭祀の調査を始めたのは、あとがきによると「シマウタの母体になっているのが八月踊りであり、八月踊りの母体がノロ祭祀にあると考え」「ノロ祭祀を体験したり目撃したりしたムラ人たちが高齢化し、何も記録を残さないまま亡くなっているという現実に直面した」からであるという。また、本書の企画意図は「ノロ祭祀とそれに関連する諸行事を経験したムラ人たちが健在なうちに彼らからその体験や記憶を聞き取る作業を釆皆的に行うことによって(1)ノロ祭祀の変貌・衰退・消滅の具体的過程をムラ人たちの証言によって描く、(2)彼らの記憶の範囲にあると思われる幕末から明治にかけてのノロ祭祀の姿を明らかにするという2点にある。」とまえがきに書かれている。しかし、すでにこの地域のノロ祭祀は「幕末の姿さえ良くわからない」状況となっていたが、本書はその企画意図にそい、著者が実際に33集落に足を運び聞き取った事例を「ムラ人のナマの声を活かす」方法で報告している。
 その報告内容は、第一部「ムラ別ノロ祭祀の状況」、第二部「ムラの成り立ちとノロ祭祀」にわかれ記されている。
 第一部「ムラ別ノロ祭祀の状況」では、有人集落33を実久から地図にそって順番にたどり、すべての集落を地図と写真と本文で報告している。本文では、集落により情報量の差があり戸数の少ない勢里など「概要」のみの場所もあるが、ほとんどの集落は「概要」「祭場と聖跡」「神役」「神祭り」「ノロ祭祀の周辺」の5項目が報告されている。第一部は33の集落の「全体像とノロの世界観がわかるように工夫」され、順番に見ていくことによりこの地域の全体像と各集落の特色も自然と見えてくるような構成となっている。
 第2部「ムラの成り立ちとノロ祭祀」は実久、西阿室、於斎、諸鈍の4集落を取り上げて「ムラの成り立ちとノロ祭祀の関わりを詳細に論じている」。
 各集落についたタイトルと目次をそれぞれ記しておくと

1.実久三次郎の幻影と40人組
「1 ふたつの祭場」「2 神役の継承」「3 ノロの神祭」「4 40人組と実久神社」「5 ノロ祭祀の周辺(1)神屋敷(2)神出現(3)旧9月9日と豊年祭(4)テラ(厳島神社)(5)防災儀礼」

2.排斥される神々−西阿室のノロ祭祀− 
「1 ムラの形成」「2 3つの祭場と聖跡」「3 排斥されるノロ祭祀」「4 ノロの神祭り(ウムケとオーホリ)」「5 防災儀礼」「6 カネサン」「7 ヒラガミとユタ」「8 ノロ祭祀の周辺(1)豊年祭(2)厳島神社(テラ)と秋葉神社(3)アレモガナシ」

3.於斎の永代氏子とシマダテガナシ
「1 ムラの区分と周辺」「2 祭場と聖跡」「3 厳島神社と永代氏子」「4 カミニンジョウ」「5 ノロ祭祀」「6 ノロ祭祀の周辺(1)神出現(2)アラセツ・シバサシ(3)十五夜豊年祭(4)ユミニャスの岩(5)瀬相のノロ祭祀」

4.諸鈍におけるグリャバラ・ナングモリバラの闘争とアヤガメ伝説
「1 ムラの区分と周辺」「2 3つの祭場」「3 アヤガメ伝説と諸鈍征伐」「4 ノロ祭祀」「5 ノロ祭祀の周辺(1)オオチョン神社(2)諸鈍シバヤ(3)アラセツと八月踊り」

となっている。豊富な聞き取りを中心に写真も多く提示され、それぞれの集落の特徴が詳しく報告されている。
 「まもなく完全に終焉する」と思われるこの地域のノロ祭祀に関する聞き取り報告がこのように集まることはもうないであろう。著者が訪ねた後に物故された方も少なくないそうである。本著はB5版485ページという情報量であるが、「ムラ人の生の声を生かすように」記されているので、貴重な報告も平易に読み進むことができる。是非一読をお勧めしたい。
 また諸鈍では、跡見女子大民俗文化研究調査会による『民俗文化』第9号が「諸鈍を考える基本文献になっている」との記載があり、同じく第4号も請阿室の参考資料として挙げられていることを付け加えておく。


 
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