渡邊尚志編『近世米作単作地帯の村落社会―越後国岩手村佐藤家文害の研究―』
評者・佐藤正広 掲載誌 社会経済史学65-3(99.9)

人間の大脳は,もっぱら日常的に取り扱う対象に,強い実在感を付与するというが,この指摘は,実証的な歴史研究に携わる私たちにも当てはまる。
私たちの研究テーマは,一般的にいって,多かれ少かれ個別的にならざるを得ない。そうした研究対象を,自分の取り扱う時代や地域の社会全体の中に位置づけてみることは,次の理由から,実はかなり難しい作業である。@ある歴史的事象に関する資料を繰り返し見ているうちに,私たちは往々にして,自分が取り扱っているテーマが,同時代人にとってもわれわれ自身にとっても,何よりも重大な問題であると感じる傾向がある,A私たちが取り上げる対象という個別的存在を,単純に寄せ集めただけでは全体像は見えてこない,Bそのため,この位置づけをするには新たな作業を要するが,その手がかりとなる資料を入手することは通常難しい。以上である。しかしこうした全体の中への位置づけ作業なしには,私たちが個別的事象から導き出した結論が,どこまで一般化できるかという,歴史研究者にとって核心的な問題に対する答えを手にすることは難しいのである。
この問題に答えようとする試みは,これまでにもなされている。例えば,主として近代以降を対象とする経済史の分野で,国民経済計算のフレームに従った推計を基礎にし,その中に個別の研究を位置づけようとする試みがある。また,数量化が難しい時代,地域に関しては,その社会全体を覆う国家や宗教その他の諸制度の構造を明らかにし,さまざまな事象をその構造との関係で位置づけようとする,いわば制度史的な試みもある。
本書は,この問題に答えるユニークな試みの1つである。すなわち,文書館学の観点から,取り扱う資料群の構造分析を行い,それによって描き出された資料群の全体構造との関係で位置づけをしながら,個別テーマに関する研究をいっそう深化させようとしているのである。
文書館学にはいくつかの原則があるが,それらの大本にあるのは,次のような発想である。あらゆる組織はその維持のための活動をする。その際,その活動に応じて必ず情報が生産され,流通し,蓄積される。その情報を担った媒体が記録資料である。記録資料の集合(資料群)に内在する構造は,従って,それを生産した組織体の活動の構造を反映する。逆に,資料群全体としての構成を見ることで,その資料を生み出した組織体の活動の全容を構造化して捉えることがでさるわけである。
以上のことをふまえ,本書の構成を確認しておこう。
(目次省略)
いま仮に,佐藤家の諸活動を第1章の区分に従って3つに大別し,大肝煎関係をA,岩手村の庄屋・戸長関係をB,個別の経営・生活主体としての佐藤家の関係をCとする。各章の主題をこれに従って分類すると,Aには第2,3章が,Bには第4〜7の各章が,また,Cには第3,5,8,9の各章が含まれることになろう。この中で,第3章と第5章とがBとCとに重複して現れるが,これは近世社会における公私の未分離という実態を反映したもので,本書の重要な論点の1つに他ならない。
以上のように本書は,越後国頚城郡岩手村の佐藤家について,第1章で文書館学的見地から文書群の構成,すなわち佐藤家による活動の全体構造を明らかにし,これを各論文の議論を位置づけるためのフレームとしながら,第2章以下の議論を展開しているのである。
本書の最大のメリットはここにある。この点を見落とすと,本書に取り上げられていない個別の論点,例えば水利関係や触回し,入会地関係などから見た地域編成の問題,佐藤家の地主経営そのものに立ち入った経営分析などの「脱落」を指摘して,本書の価値を低く位置づけることになりかねない。しかし評者は,このような批判が的を射たものとは思わない。本書の真価は,個別テーマの網羅性にあるわけではないからである。むしろ,各章で取り上げられたような個別テーマを,それ自体として完結したものとして取り扱うのではなく,取り上げられていない論点の存在が一目瞭然な形で,あえて全体の構造を明示した上で,その全体の中の一部として,個別テーマを論じたところに,本書の意味がある。逆説的な言い方をすると,取り上げられるべくして取り上げられていない論点の存在が明らかなこと自体,本書に編者の意図が貫かれている証左である。
それでは,個別研究を全体の中で位置づけるための手段として文書館学的手法を用いるという方法は,本書でどの程度実現されているであろうか。2点ほど述べたい。
まず第1点。本書に含まれる各章は,どの程度自覚的に第1章との関係づけを行っているのであろうか。
この点について考える際に注意を要するのは,資料群の構造と個別テーマとの関係づけというとき,そこにはおのずから馴染みやすいテーマとそうでないテーマとがあることである。具体的には,第2〜6章のようなテーマでは,その実証手続上,どの帳簿からどこに何が転記されたか,あるいはある証文と対応する記述がどこに見られるかといった具合に,佐藤家文書の中でいくつかの資料のグループ(シリーズ)を対比して見ざるを得ない。従って,そこには自ずから資料群の構造的把握という観点が入ってくる。これに対し,第8章,第9章のようなテーマでは,なかなかそのようには行かない。ここで用いられる資料は主として書簡や書籍の購入控え等なので,もしこれに対応する資料を探すとすれば,それは佐藤家文書の外に,佐藤家と交流のあった組織ないし個人の許にあるべきはずのものだからである。
ただ,以上の点を留保しても,本書に含まれる各章が,自らを第1章とどう関係づけるかという点に関する記述は,陽表的にはあまりなされていないという印象を否めない。いいかえると,本書は,第1章ないし終章を読んだ読者が,意識的に読みとろうとしたときに初めて,このようなフレームに拠っていることを理解できる形になっている。鉱脈が与えられていて,それを発掘する努力をする限りにおいて,読者はそれを我がものとできるのである。評者はこれをもったいなく思う。せっかく斬新な試みをするのだから,著者間の議論をもう一歩深め,第1章を鏡としてみた際の有機的関係を各章に明示したなら,大方の読者にとってより刺激的でもあり,興味深いものになったろう。
第2点は,第8,9章について述べたこととも関連する。個別組織としての佐藤家の文書群が,佐藤家が関わった活動全般を位置づけるフレームを組み立てる材料として充分なのかという問題である。
例えば,第8章には佐藤家による書籍の購入に際して,地域の知識人の仲介があったことが指摘されているし,その利用に当たっても,地域社会における知識階層の間のネットワークの存在が指摘されている。そのネットワークや人間関係が明確に制度化されたもの(例えば,法人のように)であり,佐藤家がその代表等の形でその組織を体現する存在であったならばともかく,そうでないならば,これらネットワーク等の全体像は,佐藤家文書だけでは判明しないだろう。第1点でも示唆したが,第8,9章は,本書の枠組みの中である種のすわりの悪さを感じさせる。その原因の少なくとも1つは,ここにあるのではないだろうか。このことはまた,本書で取り扱われている諸テーマを位置づけるフレームとして,佐藤家文書だけでは必ずしも充分ではなく,何らかの形で地域全体に関して,そこで作成され保存された資料の構造を解明する作業が必要となることを示すだろう。
以上のようなコメントはあるにしても,それは本書の,斬新な枠組みのもとにおける堅実な実証作業という積極的な意味を損なうものではない。評者は近世史の専門ではなく,従って本書で論じられている個別のトピックスについて,先行研究との関係等を語る能力を持たない。この点,本書の著者たちに対して礼を失しているかもしれない。しかし,それにもかかわらず,本書の書評を敢えて引き受けた理由は,本書に示されたこの新しい方法・視点に共感し,この方法が,今後多くの人々による実証研究への適用を通じて試され,方法として完成されていくことを望んだがためであることを,最後に付け加えさせていただきたい。
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