書誌紹介:井上定幸著『近世の北関東と商品流通』
掲載誌:『群馬文化』282 (2005.4)
紹介者:佐藤孝之

  地方史研究協議会の第五五回(高崎)大会が、昨年十月に高崎シティギャラリーで開催されたことはいまだ記憶に新しいが、この大会で公開講演をされたお一人である井上定幸氏の著書が、大会にあわせて刊行された。それが、ここに紹介する『近世の北関東と商品流通』である。
 地方史研究協議会大会での講演は、上州とその周囲の地域との人や物の交流を描いたもので、井上氏の長年にわたる研究蓄積を踏まえた総括的なお話であった。本書は、そうした蓄積の過程でそれぞれ発表されてきた諸論文を集成したものである。
 著者については、今更多言を要しないであろう。群馬県の近世史のみならず、地域史研究全般を牽引されてきた、そして今も指導されている井上氏の研究が一書にまとめられることは、我々の待望するところであったが、それが実現したことは本当に喜ばしいことである。
 さて、本書の内容は次のような五部構成になっている。
 T 農村の家族形態と雇用労働
 U 領主米の地払いと流通
 V 信州米と越後米の流入
 W 特産物の生産と流通
 X 製糸地帯の形成と糸繭商人
 右の各部にそれぞれ二章ずつ、合わせて一〇章として関係論文が配されている。各部の冒頭には、各収録論文についての簡単な解説や、関連した著者の論文等の紹介があって有益である。
 Tは「近世における農村構造と家族形態に関する一考察」「近世期農村奉公人の展開過程」の二つの章からなり、U以下とやや異質と言えなくもないが、流通問題の基礎として村落のあり方を押さえるという意味で必要な配置であろう。
 U以下では、Uで「高崎藩城米のゆくえ」「旗本領における貢租米の地払い形態」、Vで「西上州における信州米市場をめぐる市立て紛争の展開」「上州沼田藩領における米穀流通統制」、Wで「近世西上州における麻荷主の経営動向」「館煙草の流通をめぐる二、三の問題」、Xで「幕末・維新期東上州における糸繭商人の実像」「横浜開港後における越後生糸・繭の関東流入形態」と、これら八つの章を通じて、米穀・特産物・糸繭の流通と、それを担った商人等の活動が解明されている。詳しく内容を紹介する余裕はないが、難解さもあってともすれば敬遠されがちな商人の経営帳簿や経営関係史料の詳細な分析は、他の追随を許さないところであり、著者の独壇場といっても過言ではあるまい。
 ところで、本書に所収の諸論考のうち初出の最も遡るのは第一章で一九五六年であり、最新のものは第三章に当てられた二〇〇三年の論考である。まさに、半世紀に及ぶ井上氏の研究の軌跡が示されている。しかし、周知のように井上氏の業績は本書に収録されたものですべてではない。「あとがき」で井上氏は、流通史関係だけでも四分冊になる構想を“夢”みたと述べておられるが、本書一冊に止まらず、更なる“夢”を実現していただきたいと願うのは筆者一人ではないであろう。


 
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