井上 定幸著『近世史研究叢書K 近世の北関東と商品流通』
掲載紙:上毛新聞(2004.12.15
評者:丑木 幸男


 江戸時代の研究を長年にわたって続けている元群馬県立文書館長の井上定幸氏が、その研究成果をまとめた著書である。

 江戸時代は、重い年貢米に苦しんだ民衆が米を消費することはなかったように思いがちだが、高崎藩は一年間に収納した年貢米のうち四万俵を、高崎や藤岡、武州へ飯米や酒造米として売った。「掛屋」に任命された有力商人が販売を担当したが、米代金とは別に「掛屋」が大名に一万両もの献金をして、知行二百石の武士に取り立てられた。年貢米が商品として上州で売買されたこととともに、才覚のある商人に借金まみれの藩財政を握られてしまい、武士に取り立てざるをえなくなった殿様の生活が浮かび上がってくる。

 こうした商人・豪農が、たくさんの資金を持つことができるようになった要因に、特産物の生産がある。下仁田町で西上州産の麻を集荷して、麻布の生産で著名な近江や大坂・名古屋にまで販売して巨額の資金を確保した麻商人の活躍を本書で描いている。さらに、館煙草(たてたばこ)や繭・生糸の特産物生産・販売の様子を、当時の記録を克明に読み込んで解明した。

 厳重な身分制社会のなかで武士に威張られ、農民・町人は自給自足の暗い生活を送っていたイメージの強い江戸時代像を、商品流通のあり方を具体的に明らかにすることによって、活気にあふれた民衆が活き活きと活動した時代像へ転換させた労作である。

 民衆生活に関心のある方に、一読をお勧めしたい好著だ。

(国文学研究資料館アーカイブズ研究系教授、研究主幹)


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