岩鼻 通明著『出羽三山信仰の圏構造』
掲載誌:御影史学論集29(2004.10
評者:植野 加代子


 本書は、出羽三山信仰を地理学の立場から調査研究を行った論文集である。著者は、既に『出羽三山信仰の歴史地理学的研究』や『出羽三山の文化と民俗』を刊行されている。両者の不足した部分を補いながら地理学的な観点から体系化したものが、本書であり、書名としては、『出羽三山信仰圏の文化地理学的・歴史地理学的研究』とするのが本来であるが、簡略化・象徴化することで本書の書名とされたことを述べられている。

 本書の内容は、次のように構成されている。(省略)

 まず、本書の特徴として、筆者は聖域圏(霊山の山頂を中心とする女人禁制の聖なる空間)・準聖域圏(聖域圏周辺の山麓に登山口としての山岳宗教集落が立地する空間)・信仰圏(広域に拡がる参詣者の居住する空間)の三つの相互関係を地理学的視点から考察することを本書の目的としている。

 第一章では、出羽三山の準聖域圏の問題を二つに分類し考察している。一つは、「近世再編型」と称し、中世に起源を有し、近世初期に再編成された山岳宗教集落のことである。もう一つは、別当寺自体は近世初期に成立していたが、山岳宗教集落としての機能を有するに至るのは近世中期以降であるという「近世成立型」である。これら、両者の集落景観・社会構造・機能の上での違いや勢力圏である檀那場および明治以降の変化の差異に関して検討されている。

 第二章では、出羽三山信仰の信仰圏を末社・石碑・講から導き、東日本各地に拡がっていることを示している。また、数多くの民俗事例から、参詣者の年齢を指標として、出羽三山に隣接する地域では若年層、出羽三山から徒歩で数日間を要する地域では青年層、遠隔地では老年層が中心となるような同心円的な信仰の分布であることを明らかにされている。

 第三章では、旅日記や紀行文が、信仰圏と準聖域圏や聖域圏とをつなぐ史料として貴重であり、民俗事例を補足できる史料であるとしている。ここでは、出羽三山に関する旅日記を網羅的に収集し、行程と参詣の季節や三山登拝の巡拝路や食文化などを明らかにされた。さらに、具体的な情報を収集するため紀行文から出羽三山登拝に関する実態を分析したものである。

 第四章では、古地図や名所図会などの絵画史料と、紀行文や旅日記などの古文書史料から、聖域圏の考察をおこなっている。特に、古地図が聖域圏を考える上で有効な手段として取り上げられているのである。

 以上、本書の構成に即して内容をみてきた。第三章での約百五十点ばかりの各地の出羽三山参詣旅日記は、本書においてのみ有効な史料ではなく、出羽三山信仰を研究していく今後の研究者にとっても貴重な史料の紹介であると同時に、研究の進展につながるものであると考えられる。さらに、本書は地理学的立場を視点に置きながら、歴史学・民俗学・宗教学などの多方面から新しい角度で研究されることにより、山岳信仰の空間構造が明らかになったように感じられる一冊である。


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