胡桃沢 友男著『柳田國男と信州』
掲載誌:歴史研究16-12(2004.12)
評者:小川 博


 信州の民俗研究の先達であった胡桃沢勘内の子息の胡桃沢友男氏(一九二一〜二〇〇〇)の遺稿集である。信州の民俗は地元の人々の熱意で数多くの記録があり日本民俗学の大山脈でもある。そのなかで胡桃沢勘内ののこされた労作は大きいとおもわれる。柳田國男の自伝的回想である『定本柳田国男集別巻第三・故郷七十年』は柳田の出生地である兵庫県の神戸新聞の企画によるためか、信州や東北、九州、琉球の各地における柳田を支えた民俗の探究家たちについての記述に及ぶことはすくないようである。しかし大正時代からの信州の民俗について柳田と胡桃沢勘内とのかかわりは多くの意義があったし、友男氏が松本市の自家にのこされていた多くの資料をまとめておられたことは有益であり、生前に刊行できなかったことは残念なことでもあった。本書は石井正己氏、令息の胡桃沢勘司氏の努力により編せられている。そして第一篇山間の古道からの発見では、柳田の信州旅行とのかかわり、第二篇郷土研究から民間伝承論にてでは、岡村千秋のしごと、胡桃沢勘内の郷土研究への指向、『炉辺叢書』をめぐってでは、小池直太郎と『小谷口碑集』、雑誌『信州教育』の果たした役割、『真澄遊覧記・信濃の部』刊行のくわしいいきさつを述べられている。とくに胡桃沢勘内とその周辺(二二三〜二五八頁)の章は、勘内の柳田あてのてがみから『遠野物語』を読み、『郷土研究』を読むようになり、「アララギ」派の歌人を目指していたことより、柳田の学問にひかれてゆくことがのべられ、「郷土研究社」の主宰であり、同郷の岡村千秋のことにくわしく(一八七〜二二一頁)ふれられていることは、「蕗原」以前−上伊那民俗研究事始め、小池直太郎の小谷への関心、木曽における採訪のこととならんで、大正時代の日本民俗学の歴史がくわしくふれられている。

 石井正己編の『胡桃沢友男書誌』によると数多くの論考、エッセイがのこされていることがうかがわれる。これらの論考、エッセイもやがて書物にまとめられることを希望したい。友男氏と私は「あしなか」の山村民俗の会のあつまりにて、いくたびかお目にかかったことはあった。NHKにおつとめのかたわらでこのような精細な民俗学の資料を記述されておられたことは、後学に多大の寄与をなされたといってよい。


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