関東近世史研究会編『近世の地域編成と国家―関東と畿内の比較から―
評者・岩橋清美 掲載誌・史潮46(99.11)

本書は、一九九六年六月十五日、江戸東京博物館において、関東近世史研究会が「近世の地域編成と国家―関東・畿内の比較から―」というテーマで行ったシンポジウムの成果をもとにまとめたものである。
関東近世史研究会は一九六三年に創立され、近世関東の特質を明らかにすることを目的に様々な角度から研究活動を続けてきた。こうした研究成果をもとに、シンポジウムでは畿内地域史との比較を試みながら、「民衆の自生的に成立する多様な地域が如何なる支配の枠組として編成されていくのか」(本書十一頁)を検討している。本書はシンポジウム報告に加えて関連論文九本から構成されている。内容は以下の通りである。
(目次省略)
大石論文は近世後期から幕末維新期における江戸周辺の地域編成について、鷹場制度と「領」体制を中心に検討を加えたものである。ここでは、まず享保改革の鷹場復活にともなう江戸周辺の「領―触次」体制の整備・強化を幕初以来の関東郡代伊奈氏の支配体制の再編成とし、鷹場関係夫役や江戸城上納役等による近世後期の地域編成の起点として位置付けている。次に幕末期の状況を分析し、鷹野役所は「領―触次」体制をもとに江戸周辺地域に対して様々な人足役を賦課するようになったことを実証した。氏は「領―触次」体制が近世後期から幕末・維新期にかけて江戸周辺の地域編成に大きな役割を果たしたとし、首都圏形成の重要を前提になったと述べている。
薮田論文は「近世の地域編成と国家」というシンポジウムの課題において畿内をどのように位置付けるかという問題関心のもとに、まず支配国との関係で領主制と支配国の間をつなぐ環の存在である用聞(用達)・御館入与力・帯刀人の存在を具体的に論じている。第二に領主制を領主制一般でみない点を強調し、中間層への特権付与的構造、および領主制の規模において領主制を選別する必要性を述べている。
斉藤論文は五畿内近国における公儀鷹場の存在について検討し、関東地域と同様に将軍権力にとって個別領主権を越える形での鷹場支配権を保持する必要性があったことを論じている。
白井論文は『新編武蔵国風土記稿』に記載がある「御正領」七か村における近世前〜中期の「領」編成とその変遷について考察を行なったものである。ここでは、元禄期以前の事例から「領」編成に所領編成が関係することが明らかであること、享保期以降の「領」は地域の村連合の実態に沿って編成されるという特徴を有することを述べている。なお、本論文中において筆者の地域概念に対して指摘があったが、筆者が考える地域とは経済的発展を背景に十八世紀後半以降成立する社会的経済的関係の結節点としての「地域」を指すものである(拙稿「近世後期における情報空間の変容」(『史潮』新四三号、一九九八年)を参照)。
平澤論文は享保期に江戸周辺に整備された五つの園地を取り上げ、その特質を@各地域の巡察に基づき、公共の園地整備が行われたこと、A管理施策の中から発生した公共の園地に地域活住化のために積極的利用する視点を加えたこと、B管理運営を幕府から民間へ移していくことによって地域施策の自立性を高めようとしたことにあるとした。
太田論文は享保前期における御鷹野御用組合の形成過程、およびその後の触次役の変容・分化の問題を地域社会の動向と関連させて論じたものである。
桑原論文は寛政期における江戸周辺大筒稽古制度の展開過程を分析したものである。ここでは徳丸原大筒稽古場を取り上げ、御拳場であるとともに将軍「御秘事」の大筒稽古場が、寛政期には幕臣の大筒稽古場になっていったことを述べている。
外山論文は武蔵国高尾山薬王院の配札活動を事例に江戸周辺地域に展開する信仰圏という地域形成のあり方について分析を行っている。
牛米論文は武蔵国多摩郡日野宿組合を事例に幕末期における農兵取立てと組合村の武装化について論じたものである。ここでは、式装化に対して組合村内部の反応は一様ではなく、負担強化に反対する村が存在する一方で、独自に農兵を組織するケースも見られることが指摘されている。
岡崎論文は近江・山城両国に存在した彦根藩の「御鷹場」の実態について享保期から寛政期を中心に分析したものである。氏は幕府にとって近江・山城地域は対朝廷政策上、重要地域であり、このことは他領を含めた一国単位の鷹場を井伊家に与えていることからも明確であるとしている。
土屋論文は享保七年(一七二二)の「国分け」以降を対象に大坂町奉行所の機能について分析している。ここでは、新田開発や支配違い訴訟といった通常の業務は幕府からの委任事項として位置付け、飢饉や治安維持といった非常時の対策は老中の評議を必要とするとしている。
山崎論文は畿内・近国御三卿清水領知・幕府領における「取締役制」について分析を行ったもので、それを踏まえて領主権力と地主・豪農層との結合のあり方とその意義について論じたものである。
以上、雑駁ではあるが、本書の内容を紹介してきた。ここで若干のコメントを述べておきたい。個々の論文はいずれも関東・畿内地域における地域編成のあり方を考える上で重要な視点を提示していると言えよう。本書はシンポジウムの冒頭でも述べられているように、「多様な地域が如何をる支配の枠組として編成されていくのか」を問題としている。このテーマは、地域が権力に編成される存在であることを前提としており、そのために地域社会論の視点が欠如している感がある。地域編成論は地域と権力との関係を考える一つの視点として有効ではあるが、無批判に地域が編成されるものとして捉えてしまう問題設定は逆に地域編成論そのものをも曖昧なものにしてしまうと言える。権力の地域編成に対して地域社会がどのように対応していくのか、また、民衆の自律性を前提とした地域に対して権力がどのように関与するのかという権力と地域との弁証法的な関係の解明が必要であろう。本書においては、外山論文のみが民衆の自律性を前提とした地域を扱っているが、外山論文の視点と他の論文が提示している地域編成論とが有機的に論じられる必要があると思われる。以上、若干のコメントを述べさせていただいたが、著者の真意を十分に理解できていない所があれば御寛恕を乞う次第である。
(いわはし きよみ)
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