伊藤 清郎著『中世の城と祈り――出羽南部を中心に――
評者・永井隆之 掲載誌・国史談話会雑誌40(99.10)東北大学国史談話会

このたび、伊藤清郎氏が、『中世の城と祈り――出羽南部を中心に――』を上梓された。本書は、一九八八年から始まった山形県教育委員会の中世城館址の悉皆調査や、それを契機として一九八九年に発足した山形県城郭研究会の活動などから得た、氏のほぼ過去十年間にわたる研究成果の一大集成である。
本書の意図するところは、序論にて「中世城郭とその魅力」(第一節のタイトル)とある通り、出羽南部の中世城郭の歴史資料としての価値を再確認し、文化財としての重要性を啓発する点にある。それらは以下述べるように、多様な方法―縄張り(平面プラン)研究や分布論―と視点―軍事・政治的空間、信仰圏・交通圏との関連―を用いることにより、明確にされる。
第一章「『鉢巻式』山城試論」と第二章「方形館から根小屋式山城」では、出羽南部の城郭の特徴について、城の縄張りや機能の歴史的変遷に注目して、俯瞰的な位置付けが試みられている。
特に第一章では、「鉢巻式」山城(山頂を一重の空堀・土塁で囲む山城)の成立について、アイヌ城砦・チャシであるという説を否定する立場に立ち、これまで紹介されることのなかった東北南半地域の事例を検討された。その結果、「鉢巻式」山城とは、平安末鎌倉期の方形館や室町・戦国期の根小屋式山城(居館と山城のセット)の形態に相当しない、それ以前の時期の城郭であり、具体的には一一世紀末から一二世紀頃の前九年・後三年合戦の政治的緊張を契機に築造されたものである、と推定された。
第二章では、鎌倉から室町・戦国期における城郭の発展史を、方形館から根小屋式山城ヘ、という一般的な城郭の発展史の論理(軍事施設としての強化・複雑化の過程)を用いて、説明されている。
以上が城郭の時間軸に注目した研究とするなら、第三章「街道と城郭」は、城郭の空間的広がり・分布に注日した論考である。著者は城郭の分布が街道沿いに見られるという城郭史の論理を用いて、そのことを出羽南部のいずれの街道おいても見事に確認された。結論として、国人や戦国大名の軍事支配の特徴を、城郭による街道の掌握に求められている。また、街道沿いでも城郭の分布しない地域についての指摘もなされ、その空間が領国と領国の境界に重なり合うことを確認され、いわゆる「安全地帯」と位置付けられた。
第四章「最上成沢城をめぐって」は、史跡保存の問題を踏まえ、「貴重な遺構」であることを多様な面から証明されている。成沢城の政治的変遷、縄張りの特徴・「総構え」に言及されるだけでなく、山岳信仰の問題にも触れられ、仏教文化の一部として城郭をとらえることを提唱されている。このことが本書の「祈り」の視点となる。
第五章「最上氏領国と城郭」は、第三章の成果を受けて、戦国大名・最上氏領国に分布する城郭に限定して、その固有の性格から、最上氏の「領国防衛態勢」について研究された論考である。結論として、本城を支える支城網や、小規模城郭を周辺に配置する「境目の城」(領国境の拠点)に関する防衛態勢の指摘がなされた。また、最上氏の築城技術の特色として堀を中核とした構造を有するとの指摘もなされた。
さらに「結び」では、最上氏領国だけでなく、伊達氏、寒河江大江氏、白鳥氏、大宝武藤氏の領国における城郭の特色について見通しを述べられている。また、第四章にて触れられた信仰・「祈り」と城郭との関連については、城郭が信仰の場を占拠する、という従来の説・「小範囲の聖域論」の発想を転換され、城郭が山岳信仰・聖域に包摂され威信を高めている、という注目すべき指摘がなされている。
以上が本書の内容である。本書により出羽南部の「中世城郭とその魅力」は十分に伝えられたと考えられる。著者による城郭の縄張り・構造の史的変遷や城郭分布の研究は、出羽南部の事例を全国の城郭史研究の水準において比較することを可能にさせ、政治史や信仰との総合的研究は、城郭の資料としての可能性を十分に引き出したものと考える。それは文化財行政にも大きな影響を与えるだろう。
本書が今後の東北地方の城郭史研究において、必ず立ち止まらなければならない基本的文献となることはほぼ間違いいない。
詳細へ 注文へ 戻る