新刊紹介:黒滝哲哉   『刀剣美術』578(2005.3)
鉄の文化圏推進協議会編『金屋子神信仰の基礎的研究』

 歴史上の鉄のありかたを考えるにあたっての方法論は様々に考えられる。たとえば、その生産遺構の事例を質量ともに充実させその実相に迫ろうとする研究視角、またある時期の製鉄職人の諸相から製鉄事情の一端に迫ろうとする研究方法、そして発掘された遺物の分析を通じてその実態を追及する研究分野などなど、その多様性はまさに百花繚乱のごとくである。
 その一方、製鉄事情を信仰の面から考えていこうとする研究も、豊富ではなくとも地道に行われてきてはいた。ここでとりあげる金屋子神研究もその一つである。このような信仰面から製鉄を考えていこうとする研究、そのさらなる拡大を期待されて貴重な本書が刊行されることとなった。鉄の道文化圏推進協議会が編んだ『金屋子神信仰の基礎的研究』である。これまで金屋子神の研究は本書の執筆陣の一人でもある石塚氏の研究がひとり突出しており、その研究では必要十分な論点提示がなされ、その間隙をぬった研究を遂行することはかなり困難であった。そんな研究状況を打開すべく編まれた本書の概括は、以下のようになる。
 まずは、島田二郎鉄の道文化圏推進協議会会長の「刊行によせて」ではじまり、序章では「調査とその概要」で調査経緯が紹介される。そして、「第一部 雲州のたたら製鉄と金屋子神信仰」では、これまでたたら製鉄や金屋子神信仰の研究を行ってきた気鋭の研究者五名の書き下ろしの論考や講演が収録されている。ついで「第二部 金屋子社(祠)の分布」では、山陰各地域に分布し、多くが危機的状況に瀕している金屋子神の個別具体的調査報告がなされた。非常に重要にして豊富なデータが提示されている。
 つづいて「金屋子神社勧進帳」が第三部で紹介された。これまで武井博明氏が「奉加帳」として紹介していたこの「勧進帳」という史料は、寛政三年本、文化四年本、文政二年本と三種類ある。これをこの第三部では、それぞれ上段に影印版を、そして下段に翻刻を掲載した。今回のこの翻刻で、往時のたたら製鉄の栄耀栄華をうかがうことができ、ここに金屋子神の分布状況等も組み合わせ、あらたな金屋子神像やたたら像を描く可能性が大きく広がることとなった。
 このように、金屋子神は大変豊富な情報を含み、そして大変可能性のある魅力的な研究対象である。刀剣学のみならず、歴史学、金属工学、民俗学、人類学、宗教学などなどの関連諸科学への大いなる貢献をはたしえることが、この研究からは期待される。

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