新刊案内:寺島敏治      『地方史研究』314(2005.4)
井上定幸著『近世の北関東と商品流通』

 [発表を続ける井上先生]
 地方史の大会で井上定幸先生(群馬県)の発表を最初に聞いたのは確か、昭和四三年の「北開東旗本領の村方商人」だったはず。もう三五・六年前になるのであろうか。「こういう方もいらっしやるのか」と当時、思った。
 そのうちいろいろな誌・本で井上先生の近世北関東に関する論考や史料紹介が目につくようになった。とにかく発表本数の多い方である。
 近年は毎年のように先生とお会いしない大会はない。私は地方史の大会が他学会と異なり、堅苦しくない自由な雰囲気のあるところが好きで出席を重ねてきた。井上先生も同様に見える。すっかり顔見知りとなった。
 このたびの論文集『近世の北関東と商品流通』は既存の多数の論文の中から厳選して一冊としたものである。有能な二名の研究者の助力を得て一書としたものである。
 私は近代、東北海道太平洋岸の昆布採集村の構造と仕込問屋による水産物の流通問題から始めたせいか、このたびの論集は私と年代も内容も異なるが、論理展開が整理されていて理解しやすい内容である。
 [近世北開東の根本問題]
 この論集ではまず、近世北開東の農村構造と労働力創出形態から始まる。流通作物の代表である米の換金と流通のあり方を見ている。
 さらに特産物の「麻」・「煙草」そして「生糸と繭」について、江戸・大坂へ更に幕末の開港後の商品流通をこの地方を越えて隣接の藩域との関係まで史料を駆使しながら、時期による変化形態を論じている。
 ここでのキーワードは農村の「商品作物の生産と商業資本の展開」ということでまとめ切れようか。確かにこれらの根底には、当時の国内における米流通と幕藩体制・商業資本の問題があり、商業資本による特産物の手工業及びマニュファクチャー化の問題が介在する。
 [各章及び各章間にわたるポイント]
 第一章では北関東の東上ノ宮の「五人組帳」の分析から農村における家族形態を見ることで、元禄期から享保期にかけて在村の労働力の具体的な創出形態を論じている。
 同じく第二章も畑作・養蚕地帯の幕末期までの各期における奉行人のあり方を見ている。
 「米」の流通については四章分をこれにあてている。既に高崎城米について間部氏の貢租米や農民余剰米にも一部言及していて注目される(第三章)。また旗本領の例として久永氏知行地の貢租米処分のあり方及び今日でいう「先物買い」のこと、雑用金仕法、更に陣家元の収支にまで及んでいる(第四章)。更に西上州米と越後米の流入(第五章)、上州沼田藩内の米流通(第六章)が取り上げられている。
 ただ当時の上州各地における多様な訴訟やいわゆる農民一揆との関係について、もう少し紙幅をさくべきではなかったかと思われる。
 第七章では西上州における特産物「麻」の集荷と販売を論じる。江州(産地)向け麻荷物、“都市”問屋向け、その代表として名古屋市場を述べている。
 「葉煙草」については第八章をあてている。この煙草の江戸館問屋、荷主、仲買人の集荷と流通、更に「刻職人」にまで言及。
 第九章では東上州の“世界市場”へつながる「生糸・繭」の流通を具体的に高草木家の事例から徳兵衛の「奥州繭」の出買日記までを使い、幕末開港期から明治維新までを、越後地方産品の移動をも含めダイナミックに論理展開を見せている。
 大著であるので部・章名のみを次にかかげる。(省略)
 序文は近世農村研究の第一人者であり、高崎大会後に急な他界をなされ、この序で絶筆となった木村礎先生によるものである。


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